孔子家語 / 曲禮子貢問
公父穆伯之喪,敬姜晝哭;文伯之喪,晝夜哭。孔子曰:「季氏之婦,可謂知禮矣。愛而無上下有章。」
新字:公父穆伯之喪,敬姜昼哭;文伯之喪,昼夜哭。孔子曰:「季氏之婦,可謂知礼矣。愛而無上下有章。」
書き下し
公父穆伯の喪に、敬姜昼哭す。文伯の喪に、昼夜哭す。孔子曰く、「季氏の婦は、礼を知ると謂うべし。愛して上下無く章有り」と。
現代語訳
公父穆伯(夫)の喪では、敬姜は昼間だけ泣いた。文伯(子)の喪では、昼も夜も泣いた。孔子は言った。「季氏の家の婦人(敬姜)は、礼を知っていると言ってよい。愛情そのものには夫と子の上下の別はないが、その表し方にはきちんと区別がある。」
解説
夫の喪では昼のみ泣き、子の喪では昼夜を通して泣いたという敬姜の振る舞いについて、孔子はこれを礼にかなったものとして高く評価しています。夫婦の情愛と親子の情愛はどちらも深いものですが、礼の規定上、夫に対する哭泣は昼のみ、子に対する哭泣は昼夜を通してというように、対象によって表現の程度に差をつけることが定められています。感情そのものは平等でも、その表現の仕方には身分や関係性に応じた「章(けじめ)」があるべきだという、礼における節度の大切さを示す逸話です。
この章句が説くこと
敬姜公父穆伯哭泣の礼愛と章
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