孔子家語 / 曲禮子貢問
齊師侵魯,公叔務人,遇人入保,負杖而息。務人泣曰:「使之雖病,任之雖重,君子弗能謀,士弗能死,不可也。我則既言之矣,敢不勉乎?」與其鄰嬖童汪锜,乘?奔敵死焉。皆殯,魯人欲勿殤童汪锜,問於孔子曰:「能執干戈以衛社稷,可無殤乎?」
新字:斉師侵魯,公叔務人,遇人入保,負杖而息。務人泣曰:「使之雖病,任之雖重,君子弗能謀,士弗能死,不可也。我則既言之矣,敢不勉乎?」与其鄰嬖童汪锜,乗?奔敵死焉。皆殯,魯人欲勿殤童汪锜,問於孔子曰:「能執干戈以衛社稷,可無殤乎?」
書き下し
斉師魯を侵す、公叔務人、人の保に入るに遇い、杖を負いて息う。務人泣きて曰く、「之を使うこと病しと雖も、之に任ずること重しと雖も、君子謀る能わず、士死する能わずんば、不可なり。我則ち既に之を言えり、敢えて勉めざらんや」と。其の鄰の嬖童汪锜と、乗じて敵に奔りて死す。皆殯す、魯人童の汪锜を殤とすること勿からんと欲し、孔子に問いて曰く、「能く干戈を執りて以て社稷を衛る、殤無かるべきか」と。
現代語訳
斉の軍が魯に侵攻した。公叔務人は、砦に逃げ込む人々に出会い、杖にもたれて休んでいた。務人は涙を流して言った。「民を使役するのがつらくとも、負担が重くとも、君子が謀を尽くさず、士が命を捧げて戦わないというのでは、あってはならないことだ。私はすでにそう言ってしまった以上、努めないわけにはいかない。」そして隣家の寵愛されていた少年、汪锜とともに戦車に乗り込んで敵陣に突進し、討ち死にした。二人とも殯(かりもがり)にされたが、魯の人々は少年の汪锜を「殤(未成年の早世)」として扱うのを避けたいと考え、孔子に「武器を取って国家を守ることができたのだから、殤としない扱いにしてよいでしょうか」と尋ねた。
解説
本来、成人前に亡くなった者は「殤」として通常より簡略な喪の扱いを受けます。しかし少年汪锜は幼いながらも戦車に乗り、国のために命を捧げて戦死しました。魯の人々は、その功績にふさわしい扱いを望み、成人並みの礼をもって弔うべきか孔子に尋ねています。年齢という形式的な基準だけでなく、実際に果たした行為や功績に応じて礼の扱いを判断すべきかという問いであり、次の孔子の回答(干戈を執って社稷を衛った者は殤とすべきでない)へとつながる重要な場面です。
この章句が説くこと
斉魯の戦公叔務人汪锜殤の礼
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