孔子家語 / 曲禮子貢問
季桓子喪,康子練而無衰。子遊問於孔子曰:「既服練,服可以除衰乎?」孔子曰:「無衰衣者,不以見賓,何以除焉?」
書き下し
季桓子の喪に、康子練にして衰無し。子遊、孔子に問いて曰く、「既に練を服す、服以て衰を除くべきか」と。孔子曰く、「衰衣無き者は、以て賓に見えず、何を以て除かんや」と。
現代語訳
季桓子の喪において、その子の康子は練(小祥の喪服)を着ながら、衰(粗い麻の喪服)を着けていなかった。子遊が孔子に「すでに練の喪服を着ているのだから、衰を除いてもよいのでしょうか」と尋ねた。孔子は答えた。「衰の喪服を着けない者は、そもそも賓客に会うことができない。それなのに、どうして『除く』などということがあろうか。」
解説
喪の期間中、小祥(一周忌)を過ぎると練の喪服に替えますが、まだ衰(粗い麻布の喪服)を着け続ける必要があります。康子は衰を着けていないという規定違反を犯していたにもかかわらず、それを「除いてよいか」という問いにすり替えていました。孔子はこの問い自体の前提がそもそも誤っていることを指摘し、衰を着けない者は賓客に会う資格すらないと述べ、康子の振る舞いが礼を欠いていることを暗に糾弾しています。喪の各段階に応じた服の規定を軽んじてはならないという教えです。
この章句が説くこと
季桓子喪服練衰