孔子家語 / 曲禮子貢問
冉求曰:「昔文仲知魯國之政,立言垂法。於今不亡,可謂知禮矣?」孔子曰:「昔臧文仲安知禮?夏父弗綦逆祀而不止,燔柴於竈以祀焉。夫竈者,老婦之所祭。盛於甕,尊於瓶,非所柴也。故曰禮也者,由體也。體不備,謂之不成。人設之不當,猶不備也。」
新字:冉求曰:「昔文仲知魯国之政,立言垂法。於今不亡,可謂知礼矣?」孔子曰:「昔臧文仲安知礼?夏父弗綦逆祀而不止,燔柴於竈以祀焉。夫竈者,老婦之所祭。盛於甕,尊於瓶,非所柴也。故曰礼也者,由体也。体不備,謂之不成。人設之不当,猶不備也。」
書き下し
冉求曰く、「昔文仲は魯国の政を知り、言を立て法を垂る。今に於いて亡びず、礼を知ると謂うべきか」と。孔子曰く、「昔臧文仲安んぞ礼を知らんや。夏父弗綦逆祀するも止めず、竈に柴を燔きて以て祀る。夫れ竈なる者は、老婦の祭る所なり。甕に盛り、瓶に尊す、柴す所に非ざるなり。故に曰く、礼なる者は、体に由るなり。体備わらざれば、之を不成と謂う。人の之を設くること当たらざれば、猶お備わらざるがごとし」と。
現代語訳
冉求が「昔、臧文仲は魯国の政治に通じ、後世の規範となる言葉と法を打ち立てました。今なおその名が忘れられていません。彼は礼を知る人と言ってよいでしょうか」と尋ねた。孔子は答えた。「昔の臧文仲がどうして礼を知っていたと言えようか。夏父弗綦が順序を無視して逆さまの順で祖先を祀ったのに、それを止めもしなかった。また竈(かまど)の神を薪を焚いて盛大に祀った。しかし竈の神は本来、年老いた婦人がひっそりと甕(かめ)に盛り瓶(かめ)に供えて祀るべきもので、薪を焚いて盛大に祀るようなものではない。だから言うのだ、礼というものは形式(体裁)にこそ表れる。その体裁が整っていなければ、礼として成立していないということだ。人が礼を執り行っても、その形が適切でなければ、備わっていないのと同じなのだ。」
解説
臧文仲は魯の名臣として名声が高い人物でしたが、孔子はその礼への理解を厳しく評価しています。夏父弗綦が祖先の祭祀順序を乱したのを放置したこと、また質素であるべき竈神の祭祀を格上げして盛大に行ったことの二点を挙げ、いずれも礼の「体(形式・分限)」を欠いていると指摘しました。礼とは単に慣習を継続することではなく、対象や場にふさわしい適切な形式を守ることに本質があるという考え方が示されています。名声があっても実質が伴わなければ真に礼を知っているとは言えないという教訓です。
この章句が説くこと
臧文仲逆祀竈の祭祀礼の体
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