孔子家語 / 正論解
孔子適季孫。季孫之宰謁曰:「君使求假於田,特與之乎?」季孫未言。孔子曰:「吾聞之:君取於臣,謂之取;與於臣,謂之賜;臣取於君,謂之假;與於君,謂之獻。」季孫色然悟曰:「吾誠未達此義。」遂命其宰曰:「自今已後,君有取之,一切不得復言假也。」
新字:孔子適季孫。季孫之宰謁曰:「君使求仮於田,特与之乎?」季孫未言。孔子曰:「吾聞之:君取於臣,謂之取;与於臣,謂之賜;臣取於君,謂之仮;与於君,謂之献。」季孫色然悟曰:「吾誠未達此義。」遂命其宰曰:「自今已後,君有取之,一切不得復言仮也。」
書き下し
孔子、季孫に適く。季孫の宰謁して曰く、「君田に仮を求めしむ、特に之を与えんか。」季孫未だ言わず。孔子曰く、「吾之を聞く、君臣に取るは、之を取ると謂い、臣に与うるは、之を賜うと謂う。臣君に取るは、之を仮ると謂い、君に与うるは、之を献ずと謂う。」季孫色然として悟りて曰く、「吾誠に未だ此の義に達せず。」遂に其の宰に命じて曰く、「今自り已後、君之を取ること有らば、一切復た仮ると言うを得ざるなり。」
現代語訳
孔子が季孫の屋敷を訪ねた。季孫の家宰が取り次いで言った、「主君(哀公)が田を借りたいと求めてまいりました、特別にそのままお与えになりますか。」季孫はまだ何も言わなかった。孔子は言った、「私はこう聞いております。君主が臣下から取ることを『取る』と言い、君主が臣下に与えることを『賜う』と言います。臣下が君主から取ることを『借りる(仮る)』と言い、臣下が君主に与えることを『献ずる』と言うのです。」季孫ははっと顔色を変えて悟り、言った、「私は本当にまだこの道理を理解しておりませんでした。」そして家宰に命じて言った、「今から後は、主君が何かをお取りになる場合、決して『借りる』などとは言ってはならない。」
解説
本章は、家臣が主君の求めを「借りる」という言葉で表現したことに対し、孔子が言葉の正しい使い方、すなわち「正名」の重要性を説いた逸話です。孔子は、君主が臣下から取るのは「取る」、君主が臣下に与えるのは「賜う」、臣下が君主から取るのは「仮る(借りる)」、臣下が君主に与えるのは「献ずる」と、主客の上下関係によって言葉を厳密に使い分けるべきだと説明しました。季孫の家臣は、本来君主が当然受け取るべきものを、まるで対等な貸し借りであるかのように「仮る」と表現してしまい、これは君臣の名分を乱す誤用でした。季孫はこの指摘にはっと気づき、以後そのような言葉遣いを禁じます。言葉の選び方一つが、組織における立場や序列の認識を左右するという教えであり、現代の職場でも、上下関係や役割にふさわしい言葉遣いを意識することの大切さを示しています。
この章句が説くこと
季孫正名君臣の別言葉の用法巻末
関連する章句
-
『新序』雜事第五孔子季孫に侍坐す。季孫の宰通じて曰く、君人をして馬を假らしむ。其れ之を與えんか、と。孔子曰く、吾聞く、臣に取るを之れ取ると謂う。假と曰わず、と。季孫悟り、宰に吿げて曰く、今より以來、君取る有らば之を取ると謂え。假と曰う無かれ、と。故に孔子假馬の名を正して、君臣の義定まれり。論語に曰く、必ずや名を正さんか、と。詩に曰く、由りて言うを易うる無かれ、苟くもすと曰う無かれ、と。慎まざる可けんや。
-
孔子家語・正論解衛の孫桓子、斉を侵し、敗に遇う。斉人之に乗じ、新築の大夫を執う。仲叔於奚、其の衆を以て桓子を救い、桓子乃ち免る。衛人邑を以て仲叔於奚に賞せんとするに、於奚辞す。曲懸の楽、繁纓もて以て朝せんことを請う。之を許し、書は三官に在り。子路衛に仕え、其の故を見て、以て孔子に訪う。孔子曰く、「惜しいかな、之に邑を多く与うるに如かず。惟だ器と名とは、以て人に仮すべからず、君の司る所なり。名は以て信を出し、信は以て器を守り、器は以て礼を蔵し、礼は以て義を行い、義は以て利を生じ、利は以て民を平らかにす、政の大節なり。若し以て人に仮さば、人に政を与うるなり。政亡べば、則ち国家之に従う、止むべからざるなり。」
-
孔子家語・正論解季康子、一井の田を以て法賦を出ださんと欲し、孔子に訪わしむ。子曰く、「丘識らざるなり。」冉有三たび発して卒に曰く、「子は国老為り、子を待ちて行わんとす、之を若何ぞ子の言わざるや。」孔子対えず、而して私かに冉有に曰く、「求、汝来たれ。汝聞かざるか。先王土を制するに、田を借るに力を以てし、其の遠近を底む。里を賦するに入を以てし、其の有無を量る。力を任ずるに夫を以てし、其の老幼を議す。是に於て鰥寡孤疾老いたる者は、軍旅の出づる有れば則ち之を徴し、無ければ則ち已む。其の歳収は、田一井、禾秉を獲、缶米芻。是を過ぎずして、先王以て之を足れりと為す。君子の行いは、必ず礼に度る。施すには、其の厚きを取り、事には、其の中を挙げ、歛むるには、其の薄きに従う。是くの若くならば已みなん、丘も亦た足れりとせん。礼に度らずして、貪冒厭くこと無くんば、則ち田を賦すと雖も、将に足らざる有らんとす。且つ子孫若し之を行うを以て法を取らんとせば、則ち周公の典有り。若し法を犯さんと欲せば、則ち茍且に之を行わん、又た何ぞ訪わんや。」
-
孔子家語・正論解孔子齊に在り。齊侯田(かり)に出で、虞人を招くに弓を以てするも進まず。公之を執えしむ。對えて曰く、「昔先君の田するや、旌を以て大夫を招き、弓を以て士を招き、皮冠を以て虞人を招く。臣皮冠を見ず、故に敢えて進まず。」乃ち之を舍(ゆる)す。孔子之を聞きて曰く、「善いかな。道を守るは官を守るに如かず。君子之を韙(よし)とす。」
-
孔子家語・正論解鄭陳を伐ち、之に入る。子產をして捷を晉に獻ぜしめ、晉人陳の罪を問う。子產對えて曰く、「陳周の大德を亡じ、楚の眾を介恃して、弊邑を馮陵す、是を以て往年の告有り。未だ命を獲ざれば、則ち又東門の役有り。陳隧に當たる者、井堙(いんえん)し木刊(き)らる。弊邑大いに懼れ、天其の裏(うち)を誘き、弊邑の心を啟き、其の罪を知り、首を我に校(いた)す、用て敢えて功を獻ず。」晉人曰く、「何故に小を侵すか。」對えて曰く、「先王の命、惟だ罪の在る所、各々其の辟を致す。且つ昔天子は一圻、列國は一同、是より以て衰う、周の制なり。今大國は數圻多し、若し小を侵す無くんば、何を以て焉に至らんや。」晉人曰く、「其の辭順なり。」孔子之を聞き、子貢に謂いて曰く、「志之有り、言は以て志を足し、文は以て言を足す。言わざれば、誰か其の志を知らん。言いて文無ければ、行われて遠からず。晉鄭伯の爲に陳に入るは、文辭に非ざれば功と爲さず。小子慎めよ。」
-
説苑・政理子貢、信陽の令と為り、孔子に辞して行く。孔子曰く、「之を力めて之に順い、子の時に因り、奪う無く伐る無く、暴なる無く盗む無かれ。」子貢曰く、「賜少きより君子に事う、君子固より盗む者有るや。」孔子曰く、「夫れ不肖を以て賢を伐るは、是れを奪と謂う。賢を以て不肖を伐るは、是れを伐と謂う。其の令を緩くして其の誅を急にするは、是れを暴と謂う。人の善を取りて以て自ら己が為とするは、是れを盗と謂う。君子の盗は、豈に必ずしも財幣に当たらんや。吾之を聞く、吏為ることを知る者は法を奉じて民を利し、吏為ることを知らざる者は法を枉げて以て民を侵す、此れ皆怨みの由りて生ずる所なり。官に臨みては平なるに如くは莫く、財に臨みては廉なるに如くは莫し。廉平の守りは攻む可からざるなり。人の善を匿す者は、是れを賢を蔽うと謂う。人の悪を揚ぐる者は、是れを小人と謂う。内に相教えずして外に相謗る者は、是れを親しむに足らずと謂う。人の善を言う者は、得る所有りて傷う所無し。人の悪を言う者は、得る所無くして傷う所有り。故に君子は言語を慎むのだ。己を先にして人を後にすること毋かれ、言を択びて之を出し、口をして耳の如くならしめよ。」