孔子家語 / 正論解
樊遲問於孔子曰:「鮑牽事齊君,執政不撓,可謂忠矣,而君刖之,其為至闇乎?」孔子曰:「古之士者:國有道,則盡忠以輔之;國無道,則退身以避之。今鮑疾子食於淫亂之朝,不量主之明暗,以受大刖;是智之不如葵,葵猶能衛其足。」
新字:樊遅問於孔子曰:「鮑牽事斉君,執政不撓,可謂忠矣,而君刖之,其為至闇乎?」孔子曰:「古之士者:国有道,則尽忠以輔之;国無道,則退身以避之。今鮑疾子食於淫乱之朝,不量主之明暗,以受大刖;是智之不如葵,葵猶能衛其足。」
書き下し
樊遅、孔子に問いて曰く、「鮑牽斉君に事え、政を執りて撓まず、忠と謂うべし。而るに君之を刖す、其れ至闇と為すか。」孔子曰く、「古の士は、国道有れば、則ち忠を尽くして以て之を輔け、国道無ければ、則ち身を退きて以て之を避く。今鮑疾子、淫乱の朝に食み、主の明暗を量らずして、以て大刖を受く。是れ智の葵にも如かざるなり、葵は猶お能く其の足を衛る。」
現代語訳
樊遅が孔子に尋ねて言った、「鮑牽は斉の君に仕え、政治を執り行うにあたって節を曲げませんでした。忠義な人物と言えるでしょう。それなのに主君は彼の足を切る刑に処しました。これは君主がひどく暗愚だったということでしょうか。」孔子は言った、「古の士というものは、国に道があれば忠を尽くしてこれを補佐し、国に道がなければ身を退いてこれを避けるものだ。今、鮑牽は乱れきった朝廷に仕えながら、主君が賢明か暗愚かを見極めることなく、その結果として重い刖刑(足切りの刑)を受けたのだ。これは知恵において葵にも及ばないと言うべきだろう。葵でさえ、自分の葉を太陽に向けてその根元(足)を守ることができるのに。」
解説
本章は、忠実に職務を全うしながらも足切りの刑に処された斉の臣鮑牽について、その理不尽さを問う樊遅に対する孔子の答えです。孔子は、真の士とは国に道があれば忠義を尽くして補佐し、道がなければ身を引いて難を避けるべきだと説きます。鮑牽は乱れた朝廷に仕え続け、主君の暗愚さを見極めずに忠義を貫いた結果、刑を受けてしまいました。孔子はこれを、日光の方向を見極めて自らの根元を守る葵という植物にも及ばない知恵の欠如だと厳しく評しています。忠誠心そのものは尊いものですが、状況判断を欠いた忠義はかえって身を滅ぼすという教えであり、現代においても、組織の状況を見極めずに盲目的に尽くすことの危うさを考えさせられる逸話です。
この章句が説くこと
樊遅鮑牽刖刑進退の知恵葵
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