孔子家語 / 七十二弟子解
琴牢,衛人,字子開,一字張。與宗魯友,聞宗魯死,欲弔焉,孔子弗許,曰:「非義也。」
新字:琴牢,衛人,字子開,一字張。与宗魯友,聞宗魯死,欲弔焉,孔子弗許,曰:「非義也。」
書き下し
琴牢は、衛の人、字は子開、一字は張。宗魯と友たり、宗魯の死を聞き、弔わんと欲す、孔子許さず、曰く、「義に非ざるなり」と。
現代語訳
琴牢は衛の人で、字は子開、またの字を張という。宗魯と友人であったが、宗魯の死を聞いて弔いに行こうとしたところ、孔子はこれを許さず、『道理にかなわないことだ』と言った。
解説
この一文は、琴牢が友人宗魯の死を弔おうとしたのを孔子が制止し、『義に非ざるなり』と述べた逸話を伝えています。琴牢は『論語』子罕篇に『牢曰く、子云う、吾試いられず、故に藝ありと』と登場する弟子として知られています。宗魯についての詳しい事情は本文には記されていませんが、孔子がその弔問を『義にかなわない』として止めたことから、宗魯の死に何らかの不義や道理に反する経緯があったと推測されます。友情という個人的な情に基づく行動であっても、それが道義に反する場合には慎むべきだという孔子の判断は、私情と公義のどちらを優先すべきかという難しい問題を突きつけています。孔子が弟子の行動一つ一つに対して是非を明確に示していたことも、この逸話からうかがえます。現代においても、個人的な義理や人情と、社会的・道義的な正しさとが衝突する場面での判断基準を考えさせられる記述です。
この章句が説くこと
琴牢宗魯義論語子罕篇弔問
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