孔子家語 / 七十二弟子解
公冶長,魯人,字子長。為人能忍恥,孔子以女妻之。
書き下し
公冶長は、魯の人、字は子長。人と為り恥を忍ぶに能く、孔子女を以て之に妻せり。
現代語訳
公冶長は魯の人で、字は子長という。人柄は恥を忍び耐えることができ、孔子は自分の娘を彼に嫁がせた。
解説
この一文は、孔子が娘を嫁がせるほど公冶長の人柄を高く評価していたことを伝えています。公冶長は『論語』公冶長篇にも登場し、たとえ罪人として縄目にかけられた過去があっても、それは彼自身の罪によるものではなかったとして、孔子から『妻あわすべし』と評されたことで知られる弟子です。恥を忍んで耐える強さは、単なる我慢強さではなく、周囲の誤解や逆境の中でも自らの信念を保ち続ける精神力を意味します。孔子が自分の娘の結婚相手として彼を選んだという事実は、地位や外見ではなく人格そのものを評価基準とした孔子の人物眼を象徴しています。現代においても、逆境での忍耐力や、外部の評価に左右されない内面の誠実さは、人を見極める上で重要な指標となるでしょう。
この章句が説くこと
公冶長孔子の娘婿忍耐論語公冶長篇人物評価
関連する章句
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論語 公冶長篇子、公冶長を謂いて曰く、『妻すべし。縲絏(るいせつ)の中に在りと雖も、其の罪に非ず。』と。其の子を以て之に妻す。
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史記 仲尼弟子列伝公冶長、斉人、字は子長。孔子曰く、「長は妻はす可きなり、累紲の中に在りと雖も、其の罪に非ざるなり」と。其の子を以て之に妻はす。南宮括、字は子容。孔子に問ひて曰く、「羿は射を善くし、奡は舟を盪かすも、俱に其の死を得ず、禹・稷は躬ら稼して天下を有つ」と。孔子答へず。容出づ。孔子曰く、「君子なるかな若き人、上徳なるかな若き人」と。「国道有れば廃せられず、国道無くして刑戮を免る」と。三たび白珪の玷を復す。其の兄の子を以て之に妻はす。公皙哀、字は季次。孔子曰く、「天下行無く、多く家臣と為り都に仕ふ、唯季次のみ未だ嘗て仕へず」と。曾蒧、字は皙。孔子に侍る。孔子曰く、「爾の志を言へ」と。蒧曰く、「春服既に成り、冠者五六人、童子六七人、沂に浴し、舞雩に風し、詠じて帰らん」と。孔子喟爾として嘆じて曰く、「吾は蒧に与せん」と。