孔子家語 / 七十二弟子解
樊須,魯人,字子遲,少孔子四十六歲。弱仕於季氏。
新字:樊須,魯人,字子遅,少孔子四十六歲。弱仕於季氏。
書き下し
樊須は、魯の人、字は子遲、孔子より少きこと四十六歲。弱くして季氏に仕う。
現代語訳
樊須は魯の国の人で、字は子遅という。孔子より四十六歳年少であった。若くして季氏に仕えた。
解説
樊須、字を子遅という弟子は、若くして魯の有力家臣である季氏に仕えたと伝えられています。論語には、樊遅が孔子に仁や知について繰り返し質問する場面や、農業や園芸について学びたいと申し出た逸話が残っており、実務的・具体的な関心を持つ人物であったことがうかがえます。若くして実務の場に身を置きながらも、根本的な道徳や知恵について師に問い続けた姿勢は、実践と学問を両立させようとする学びの一つの形といえます。地位や年齢にかかわらず、基本的な問いを繰り返し師に投げかける姿勢は、現代の学び手にとっても謙虚に学び続けることの大切さを示しています。
この章句が説くこと
樊須子遅季氏仁学問
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