孔子家語 / 七十二弟子解
端木賜,字子貢,衛人,有口才著名。
書き下し
端木賜は、字は子貢、衛の人、口才有るを以て著名なり。
現代語訳
端木賜は字を子貢といい、衛の国の人である。弁舌の才があることで名高かった。
解説
端木賜、字を子貢という弟子は、弁舌の才に優れ、外交や商才にも長けた人物として知られています。論語には孔子との問答が数多く記され、孔子の教えを深く理解しつつ、諸国を巡り外交交渉で活躍したことや、商売によって富を築いたことも伝えられています。単に口が達者というだけでなく、状況を的確に読み取り、言葉を用いて物事を動かす力を備えていた人物といえます。子貢のように、豊かな言語能力と実務の才を兼ね備え、学問を現実の場で活かしていく姿勢は、知識を実社会で生かそうとする現代の学び手にとっても一つの理想像となります。
この章句が説くこと
端木賜子貢弁舌外交孔子
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