孔子家語 / 七十二弟子解
冉耕,魯人,字伯牛,以德行著名,有惡疾。孔子曰:「命也夫。」
新字:冉耕,魯人,字伯牛,以徳行著名,有悪疾。孔子曰:「命也夫。」
書き下し
冉耕は、魯の人、字は伯牛、徳行を以て著名にして、惡疾有り。孔子曰わく、「命なるかな」と。
現代語訳
冉耕は魯の国の人で、字は伯牛という。徳行によって名高かったが、悪性の病にかかった。孔子は「これも運命であろうか」と言った。
解説
冉耕、字を伯牛という弟子は、徳行に優れた人物として知られていましたが、重い病を患いました。論語にも、孔子が病床の伯牛の手を取り、窓越しに嘆いたという記述があり、本書の一文はその故事と重なります。徳や善行を積んでも避けられない不運があるという現実に、孔子自身も言葉を失うほど心を痛めたことがうかがえます。人の努力や人格の高潔さと、病や運命とは必ずしも一致しないという事実を静かに受け止めつつ、それでもなお誠実に生きることの意味を、この逸話は現代の私たちにも問いかけています。
この章句が説くこと
冉耕伯牛徳行天命孔子
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