孔子家語 / 冠頌
懿子曰:「諸侯之冠,其所以為賓主,何也?」孔子曰:「公冠則以卿為賓,無介公自為主。迎賓揖升自阼,立於席北,其醴也則如士。饗之以三獻之禮,既醴,降自阼階。諸侯非公而自為主者,其所以異,皆降自西階。玄端與皮弁,異朝服素畢,公冠四,加玄冕祭,其酬幣於賓,則束帛乘馬,王太子、庶子之冠擬焉,皆天子自為主,其禮與士無變。饗食賓也,皆同。」
新字:懿子曰:「諸侯之冠,其所以為賓主,何也?」孔子曰:「公冠則以卿為賓,無介公自為主。迎賓揖升自阼,立於席北,其醴也則如士。饗之以三献之礼,既醴,降自阼階。諸侯非公而自為主者,其所以異,皆降自西階。玄端与皮弁,異朝服素畢,公冠四,加玄冕祭,其酬幣於賓,則束帛乗馬,王太子、庶子之冠擬焉,皆天子自為主,其礼与士無変。饗食賓也,皆同。」
書き下し
懿子曰く、「諸侯の冠、其の賓主を為す所以は、何ぞや。」孔子曰く、「公の冠は則ち卿を以て賓と為し、介無く公自ら主と為る。賓を迎うるに揖して阼より升り、席の北に立ち、其の醴するや則ち士のごとし。之を饗するに三獻の禮を以てし、既に醴して、阼階より降る。諸侯の公に非ずして自ら主と為る者は、其の異なる所以は、皆西階より降る。玄端と皮弁と、朝服の素畢に異なり、公の冠は四たびして、玄冕を加えて祭る。其の賓に幣を酬ゆるは、則ち束帛乘馬。王太子・庶子の冠も之に擬す。皆天子自ら主と為り、其の禮士と變ずる無し。賓を饗食するも、皆同じ。」
現代語訳
懿子が尋ねた。「諸侯の元服で、誰を賓客とし誰を主人とするかは、どのような決まりなのですか。」孔子は答えた。「公(最上位の諸侯)の元服では卿を賓客とし、介添えを置かず公自身が主人となる。賓客を迎えるとき会釈して東の階から昇り、席の北側に立つ。甘酒を勧める作法は士の場合と同じである。三度の献酬の礼でもてなし、甘酒を勧め終えたら東の階から降りる。公でない諸侯が自ら主人となる場合は、これと異なり、いずれも西の階から降りる。玄端の服と皮弁、朝服と素畢(白い前垂れ)の使い分けも異なる。公の元服では冠を四度加え、最後に玄冕をつけて祖先を祭る。賓客への返礼の贈り物は束にした帛と馬である。王太子や庶子の元服もこれに準じ、いずれも天子自身が主人となるが、その礼は士の場合と変わらない。賓客をもてなす食事の作法も、みな同じである。」
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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孔子家語・冠頌邾の隱公既に即位して、將に冠せんとす。大夫をして孟懿子に因りて禮を孔子に問わしむ。子曰く、「其の禮は世子の冠のごとし。阼に冠するは、以て代わるを著すなり。客位に醮するは、其の成る有るを加うるなり。三加彌々尊きは、其の志を導き喻すなり。冠して之に字するは、其の名を敬うなり。天子の元子と雖も、猶お士のごとし。其の禮變ずる無きは、天下生まれながらにして貴き者無きが故なり。冠事を行うには、必ず祖廟にす。祼享の禮を以て之を將い、金石の樂を以て之を節す。自ら卑くして先祖を尊ぶ所以にして、敢えて擅にせざるを示すなり。」
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孔子家語・冠頌懿子曰く、「然らば則ち諸侯の冠は、天子と異なるか。」孔子曰く、「君薨じて世子喪を主れば、是れ亦冠するなり。人君は殊なる所無きなり。」
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孔子家語・冠頌懿子曰く、「今邾君の冠は、禮に非ざるか。」孔子曰く、「諸侯に冠禮有るは、夏の末造なり。自り來る有り、今譏る無し。天子の冠は、武王崩じ、成王年十有三にして嗣立し、周公冢宰に居りて政を攝して天下を治む。明年夏六月、既に葬りて、成王を冠して祖に朝せしめ、以て諸侯に見え、亦君有るなり。周公祝雍に命じて頌を作らしめて曰く、『王を祝して達にして未だ幼ならしめず。』祝雍の辭に曰く、『王をして民に近く、年に遠く、時を嗇み、財に惠み、賢に親しみて能を任ぜしむ。』其の頌に曰く、『令月吉日、王始めて元服を加う。王の幼志を去り、袞職に服す。昊命を欽若し、六合是れ式とす。爾の祖考に率い、永永極まり無からん。』此れ周公の制なり。」
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孔子家語・冠頌懿子曰く、「始めて冠するに必ず緇布の冠を加うるは、何ぞや。」孔子曰く、「古を忘れざるを示すなり。太古は布を冠として齋すれば、則ち之を緇にす。其の緌は、吾未だ之を聞かず。今は則ち冠して之を幣とするも、可なり。」
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孔子家語・冠頌懿子曰く、「天子未だ冠せずして位に即けば、長ずるも亦冠するや。」孔子曰く、「古は王世子幼しと雖も、其の即位すれば則ち尊びて人君と為す。人君は成人の事を治むる者なり、何ぞ冠する有らんや。」
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孔子家語・冠頌懿子曰く、「三王の冠、其の異なる所は何ぞや。」孔子曰く、「周の弁、殷の哻、夏の收は、一なり。三王皮弁を共にす。素績の委貌は、周の道なり。章甫は、殷の道なり。母追は、夏后氏の道なり。」