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孔子家語 / 冠頌

懿子曰:「今邾君之冠,非禮也?」孔子曰:「諸侯之有冠禮也,夏之末造也。有自來矣,今無譏焉。天子冠者,武王崩,成王年十有三而嗣立,周公居冢宰,攝政以治天下。明年夏六月,既葬,冠成王而朝于祖,以見諸侯,亦有君也。周公命祝雍作頌曰:『祝王達而未幼。』祝雍辭曰:『使王近於民,遠於年,嗇於時,惠於財,親賢而任能。』其頌曰:『令月吉日,王始加元服,去王幼志,服袞職,欽若昊命,六合是式,率爾祖考,永永無極。』此周公之制也。」

新字:懿子曰:「今邾君之冠,非礼也?」孔子曰:「諸侯之有冠礼也,夏之末造也。有自来矣,今無譏焉。天子冠者,武王崩,成王年十有三而嗣立,周公居冢宰,摂政以治天下。明年夏六月,既葬,冠成王而朝于祖,以見諸侯,亦有君也。周公命祝雍作頌曰:『祝王達而未幼。』祝雍辞曰:『使王近於民,遠於年,嗇於時,恵於財,親賢而任能。』其頌曰:『令月吉日,王始加元服,去王幼志,服袞職,欽若昊命,六合是式,率爾祖考,永永無極。』此周公之制也。」

書き下し

懿子曰く、「今邾君の冠は、禮に非ざるか。」孔子曰く、「諸侯に冠禮有るは、夏の末造なり。自り來る有り、今譏る無し。天子の冠は、武王崩じ、成王年十有三にして嗣立し、周公冢宰に居りて政を攝して天下を治む。明年夏六月、既に葬りて、成王を冠して祖に朝せしめ、以て諸侯に見え、亦君有るなり。周公祝雍に命じて頌を作らしめて曰く、『王を祝して達にして未だ幼ならしめず。』祝雍の辭に曰く、『王をして民に近く、年に遠く、時を嗇み、財に惠み、賢に親しみて能を任ぜしむ。』其の頌に曰く、『令月吉日、王始めて元服を加う。王の幼志を去り、袞職に服す。昊命を欽若し、六合是れ式とす。爾の祖考に率い、永永極まり無からん。』此れ周公の制なり。」

現代語訳

懿子が尋ねた。「では今回の邾の君の元服は、礼にかなっていないのですか。」孔子は答えた。「諸侯に元服の礼があるのは、夏王朝の末に始まった制度である。それ以来のいわれがあり、今さら非難すべきことではない。天子の元服については、武王が崩御し、成王がわずか十三歳で即位を継いだとき、周公が冢宰(宰相)の地位につき、政治を摂り行って天下を治めた。その翌年の夏六月、武王の葬儀が終わったのち、成王に元服させて祖廟に参らせ、諸侯にまみえさせた。これによって初めて君主としての実質を備えたのである。周公は祝雍に命じて祝いの頌を作らせ、『王を祝して、物事に通じ、もはや幼くはないようにせよ』と言った。祝雍はその祝詞で『王を民に近づけ、齢を重ねることより、時を大切にし、財を人々に恵み、賢者に親しんで有能な者に任せるようにせよ』と述べた。その頌には『めでたい月の吉日に、王は初めて元服の礼を加える。幼き心を去り、袞衣を身につけて職を果たす。天の命を謹んで受け、天下四方をこれに則らせる。汝の祖先に従い、永遠に窮まりないように』とある。これが周公の定めた制度である。」

解説

邾君の元服の是非を問われた孔子は、諸侯の元服の礼が夏代末期からの由緒ある慣習であることを説明し、さらに天子の例として、幼くして即位した成王を周公が元服させ、諸侯に披露した故事を紹介します。祝詞の内容は、年齢の若さより「民に近づき、時を大切にし、賢者を用いる」ことこそが君主の資質だと説いており、儀式の形式そのものより、そこに込められた戒めの言葉に重みがあることが分かります。伝統や先例には由来があり、それを軽々しく非とすべきでないという孔子の姿勢も読み取れます。

この章句が説くこと

周公成王冢宰元服由来

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