孔子家語 / 冠頌
邾隱公既即位,將冠。使大夫因孟懿子問禮於孔子。子曰:「其禮如世子之冠。冠於阼者,以著代也。醮於客位,加其有成。三加彌尊,導喻其志;冠而字之,敬其名也。雖天子之元子,猶士也。其禮無變,天下無生而貴者故也。行冠事,必於祖廟。以祼享之禮以將之,以金石之樂以節之。所以自卑而尊先祖,示不敢擅。」
新字:邾隠公既即位,将冠。使大夫因孟懿子問礼於孔子。子曰:「其礼如世子之冠。冠於阼者,以著代也。醮於客位,加其有成。三加弥尊,導喩其志;冠而字之,敬其名也。雖天子之元子,猶士也。其礼無変,天下無生而貴者故也。行冠事,必於祖廟。以祼享之礼以将之,以金石之楽以節之。所以自卑而尊先祖,示不敢擅。」
書き下し
邾の隱公既に即位して、將に冠せんとす。大夫をして孟懿子に因りて禮を孔子に問わしむ。子曰く、「其の禮は世子の冠のごとし。阼に冠するは、以て代わるを著すなり。客位に醮するは、其の成る有るを加うるなり。三加彌々尊きは、其の志を導き喻すなり。冠して之に字するは、其の名を敬うなり。天子の元子と雖も、猶お士のごとし。其の禮變ずる無きは、天下生まれながらにして貴き者無きが故なり。冠事を行うには、必ず祖廟にす。祼享の禮を以て之を將い、金石の樂を以て之を節す。自ら卑くして先祖を尊ぶ所以にして、敢えて擅にせざるを示すなり。」
現代語訳
邾の隱公が即位したのち、元服の礼を行おうとした。大夫に命じ、孟懿子を通じて礼のあり方を孔子に尋ねさせた。孔子は言った。「その礼は世継ぎの元服と同じである。東の階(阼)で冠をかぶせるのは、後継ぎであることを明らかにするためである。客の位置で酒を勧めるのは、成人としての完成を加えるためである。三度冠を加えるごとにいっそう尊いものになっていくのは、その志を導き諭すためである。元服して字(あざな)をつけるのは、その名を敬うためである。たとえ天子の嫡子であっても、士(一般の男子)と同じ礼を用いる。その礼に変わりがないのは、天下に生まれながらにして貴い者はいないからである。元服の儀式は必ず祖先の廟で行う。祼・享の礼をもって進め、金石の楽(鐘や磬の音楽)をもって節度を与える。それは自らを低くして先祖を尊ぶためであり、勝手に事を行わないことを示すのである。」
解説

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『五常訓』巻之四・礼本立てば末は是より出づる理なり。末のみ修りて、本なきは、誠なくして、礼の道たたず。喪の礼は、ことさら真実ならでは行はれざるものなれば、既に礼の本を説きて、又其内より、喪の礼の本をかかげ出して説き給ふ。
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『五常訓』巻之四・礼一朱子曰、礼は即理の節文なり。いふ意は、万の行、道理にかなひて、過不及なく、程よきを云ふ。飲食の一事をいはば、うゑかわく時に飲み食ふは理なり。されども、飲み食ふべき理なりとて、みだりに多く飲み食へば、放逸にして、みだりがはしく、又必病を生ず。飲み食ふべき理にあたりて、過不及なく、よき程なるが、理の節文なり。万の事、是を以て知るべし。
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『五常訓』巻之四・礼一礼記に、子曰、敬ひて礼にあたらざる、これを野と云ふ。敬ふは誠によけれど、礼にかなはざれば、これ野きなり。敬によき程の法あり。過不及ありて、其法にかなはざるは、是礼にあたらざるなり。況やおごりて理にかなはざるは、ことに礼にそむけり。野きより、其害甚し。
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『弁名』禮礼は道の名なり。先王の制作する所の四教・六芸、是れ其の一に居る。所謂経礼三百、威儀三千、是れ其の物なり。六芸は、書・数は庶人の官に在る者、府・史・胥・徒の専ら務むる所と為す。御も亦た士の職とする所なり。射は諸侯に通ずと雖も、其の所謂射は、礼楽を以て之を行ふ、民の射の皮を主とする者の比に非ず。唯だ礼楽のみ乃ち芸の大なる者にして、君子の務むる所なり。而して楽は伶官に掌られ、君子以て徳を養ふのみ。礼に至りては則ち君子此を以て顕業と為す。是を以て孔子少くして礼を知るを以て称せられ、周に之きて礼を老聃に問ひ、杞に之き宋に之き、唯だ礼を之れ求む。子夏の記す所、曾子の問ふ所、七十子皆礼に断断たり。檀弓の諸篇に見ゆ。三代の君子の礼を務むる、以て見るべきのみ。
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『五常訓』巻之四・礼一威儀をつつしみ、衣冠を正しくし、視ること、聴くこと、言ふこと、動くことの四事につきて、各過不及なく、よき程の法あり。又親につかへ、君につかふるに、各さだまれる法あり。兄弟、夫婦に対し、賓客にまじはり、臣下に対し、民をつかひ、先祖鬼神をまつるも法あり。是礼は、皆天理のよき程なる節文にして、人事の定まれる作法なり。仁義皆理なりといへども、とりわき礼を理といへるに子細あり。理とは行ふべきすぢめなり。万事を行ふに、皆定まりたる作法あり。是人の行ふべきすぢめなり。是即礼なり。ここを以て聖人の説き給へる礼の字は、理の字にあたれり。然れども理といはずして礼といへるに、子細あり。理といへば形と事にあらはれたる迹なくして、虚なり。
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『弁名』禮是の礼楽の教は、黙して之を識るに在りと雖も、然れども人の知、至る有り、至らざる有り。故に孔子時有りてか、一隅を挙げて以て其の義を語る。義とは先王の礼を制する所以の義、戴記に載する所皆是れのみ。祇だ人の知、至る有り、至らざる有り。故に七十子の先王を信ずる、孔子の先王を信ずるに及ばず。其の人の七十子を信ずるも、亦た七十子の孔子を信ずるに及ばず。故に其の人に喩さんと欲するの急なる、其の義を論説して已まず。日に以て蔓衍し、以て戦国の時に至りて、義遂に礼を離れて孤行し、復た礼に就きて其の義を言はず。孟子の書を観て見るべきのみ。此れより其の後、古を去ること益〻遠く、義理の説益〻盛んに、囂然として以て天下を乱し、先王・孔子の教、蕩乎として尽く。悲しいかな。