孔子家語 / 刑政
仲弓曰:「聽獄,獄之成,成何官?」孔子曰:「成獄成於吏,吏以獄成告於正。正既聽之,乃告大司寇聽之。乃奉於王,王命三公卿士參聽棘木之下。然後乃以獄之成疑於王,王三宥之以聽命;而制刑焉,所以重之也。」
新字:仲弓曰:「聴獄,獄之成,成何官?」孔子曰:「成獄成於吏,吏以獄成告於正。正既聴之,乃告大司寇聴之。乃奉於王,王命三公卿士参聴棘木之下。然後乃以獄之成疑於王,王三宥之以聴命;而制刑焉,所以重之也。」
書き下し
仲弓曰わく:「獄を聽くに、獄の成るは、何の官に成るか。」孔子曰わく:「獄を成すは吏に成り、吏獄の成るを以て正に告ぐ。正既に之を聽けば、乃ち大司寇に告げて之を聽かしむ。乃ち王に奉じ、王三公卿士をして棘木の下に參聽せしむ。然る後乃ち獄の成るを以て王に疑い、王三たび之を宥して以て命を聽く。而して刑を制す、之を重んずる所以なり。」
現代語訳
仲弓は尋ねた。「訴訟を審理するにあたり、判決はどの役職において確定するのですか。」孔子は答えた。「判決の原案は下級の役人が作成し、役人はその判決案を『正』(裁判官)に報告する。正がそれを審理したうえで、大司寇に報告して審理させる。それから王に上奏し、王は三公・卿・士たちに棘の木の下(裁判の場)で共に審議させる。そのうえで判決の確定を王に諮問し、王は三度その者を宥そうと(減刑の余地がないか)検討したうえで最終的な命令を下す。そうしてはじめて刑罰が決定される。これは刑罰の適用を慎重にするためである。」
解説
本章は、判決が確定するまでの手続きを段階的に説明したものです。下級役人の原案から始まり、正・大司寇・王・三公卿士へと審理が重ねられ、最終的に王が三度にわたって減刑の可能性を検討したうえで刑を確定するという、幾重にも慎重な手続きが踏まれることが述べられています。一人の判断で刑罰が決まらない多層的な審査の仕組みは、重大な決定ほど複数の目によって検証されるべきだという、現代の意思決定プロセスにも通じる知恵といえます。
この章句が説くこと
聴獄大司寇三公卿士三宥慎重な裁判
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