孔子家語 / 五刑解
孔子曰:「大罪有五,而殺人為下。逆天地者,罪及五世;誣文武者,罪及四世;逆人倫者,罪及三世;謀鬼神者,罪及二世;手殺人者,罪及其身。故曰大罪有五,而殺人為下矣。」
書き下し
孔子曰わく:「大罪五有り、而して人を殺すを下と爲す。天地に逆らう者は、罪五世に及ぶ。文武を誣うる者は、罪四世に及ぶ。人倫に逆らう者は、罪三世に及ぶ。鬼神を謀る者は、罪二世に及ぶ。手ずから人を殺す者は、罪其の身に及ぶ。故に曰わく、大罪五有りて、人を殺すを下と爲すと。」
現代語訳
孔子は言った。「大罪には五つあり、人を殺す罪はその中でも最も軽いものである。天地の道理に逆らう者は、その罪が子孫五代にまで及ぶ。文王・武王の教えを偽り誹る者は、罪が四代に及ぶ。人としての倫理に背く者は、罪が三代に及ぶ。鬼神を欺こうとする者は、罪が二代に及ぶ。自らの手で人を殺した者は、罪はその者一代限りである。だから『大罪には五つあり、人を殺す罪はその中で最も軽い』と言うのである。」
解説
本章は、五つの重大な罪を挙げ、天地・先王の教え・人倫・鬼神への冒涜を、直接的な殺人よりも重い罪として位置づけた孔子の言葉です。罪の及ぶ範囲を子孫の代数で表現することで、秩序や信仰、人倫の根幹を揺るがす行為が、個人の生命を奪う行為以上に社会全体への影響が大きいという価値観を示しています。目に見える被害の大きさだけでなく、社会の根本秩序を損なう行為をより重く見るという発想は、規範や信頼を守ることの重要性を考える上で示唆に富んでいます。
この章句が説くこと
大罪五人倫天地罪の軽重孔子
関連する章句
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孔子家語・刑政仲弓曰わく:「其の禁は何をか禁ずる。」孔子曰わく:「巧言もて律を破り、名を遁れて作を改め、左道を執りて政を亂す者。淫聲を作り、異服を造り、伎奇器を設けて、以て上の心を蕩かす者は殺す。偽を行いて堅く、詐を言いて辯じ、非を學びて博く、非に順いて澤あり、以て眾を惑わす者は殺す。鬼神に假り、時日卜筮して、以て眾を疑わしむる者は殺す。此の四誅は聽かざるを以てす。」
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『孝経』五刑章第十一子曰く、「五刑の属三千にして、罪、不孝より大なるは莫し。君を要する者は上無し、聖人を非る者は法無し、孝を非る者は親無し。これ大乱の道なり」。
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孔子家語・五刑解冉有孔子に問いて曰わく:「古者三皇五帝、五刑を用いざりき、信なるか。」孔子曰わく:「聖人の防を設くるは、其の犯さざるを貴べばなり。五刑を制して用いざるは、至治を爲す所以なり。凡そ夫れ奸邪竊盜、法を靡ろにして妄行を爲す者は、不足に生ず。不足は無度に生じ、無度なれば則ち小なる者は偷盜し、大なる者は侈靡し、各々節を知らず。是を以て:上に制度有れば、則ち民止まる所を知る。民止まる所を知れば、則ち犯さず。故に奸邪賊盜、法を靡ろにして妄行するの獄有りと雖も、刑に陷るの民無し。不孝は不仁に生じ、不仁は喪祭の禮明らかならざるに生ず。喪祭の禮は、仁愛を教うる所以なり。能く仁愛を教うれば、則ち喪には思慕し祭には祀り、人子饋養の道を解かず。喪祭の禮明らかなれば、則ち民孝なり。故に不孝の獄有りと雖も、刑に陷るの民無し。上を殺すは、不義に生ず。義は貴賤を別ち、尊卑を明らかにする所以なり。貴賤別有り、尊卑序有れば、則ち民上を尊びて長を敬せざる莫し。朝聘の禮は、義を明らかにする所以なり。義必ず明らかなれば、則ち民犯さず。故に上を殺すの獄有りと雖も、刑に陷るの民無し。鬥變は相陵ぐに生じ、相陵ぐは長幼序無くして敬讓を遺るるに生ず。鄉飲酒の禮は、長幼の序を明らかにして、敬讓を崇ぶ所以なり。長幼必ず序あり、民敬讓を懷けば、故に鬥變の獄有りと雖も、刑に陷るの民無し。淫亂は男女別無きに生ず。男女別無ければ、則ち夫婦義を失う。禮の聘享は男女を別ち、夫婦の義を明らかにする所以なり。男女既に別ち、夫婦既に明らかなれば、故に淫亂の獄有りと雖も、刑に陷るの民無し。此の五者、刑罰の生ずる所以、各々源有り。豫め其の源を塞がずして、輒ち之を繩するに刑を以てするは、是を民の爲に阱を設けて之を陷ると謂う。刑罰の源は、嗜欲節ならざるに生ず。夫れ禮度は、民の嗜欲を御し、好惡を明らかにして天の道に順う所以なり。禮度既に陳ね、五教畢く修まるも、民猶お或いは未だ化せざれば、尚お必ず其の法典を明らかにして以て之を申固す。其の奸邪法を靡ろにし妄行するの獄を犯す者には、則ち制量の度を飭む。不孝の獄を犯す有れば、則ち喪祭の禮を飭む。上を殺すの獄を犯す有れば、則ち朝覲の禮を飭む。鬥變の獄を犯す有れば、則ち鄉飲酒の禮を飭む。淫亂の獄を犯す有れば、則ち婚聘の禮を飭む。三皇五帝の民を化する所以此くの如し、五刑の用有りと雖も、亦た可ならずや。」
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孔子家語・五刑解冉有孔子に問いて曰わく:「先王法を制するに、刑をして大夫に上らざらしめ、禮をして庶人に下らざらしむ。然らば則ち大夫罪を犯すも、以て刑を加う可からず。庶人の行事も、以て禮に治む可からざるか。」孔子曰わく:「然らず。凡そ君子を治むるに禮を以て其の心を御するは、之を屬するに廉恥の節を以てする所以なり。故に古の大夫、其れ不廉汙穢に坐して退放せらるる者有るも、之を不廉汙穢にして退放すと謂わず、則ち簠簋飭まらずと曰う。淫亂男女別無きに坐する者有るも、之を淫亂男女別無しと謂わず、則ち帷幕修まらずと曰う。罔上不忠に坐する者有るも、之を罔上不忠と謂わず、則ち臣節未だ著れずと曰う。罷軟にして任に勝えざるに坐する者有るも、之を罷軟にして任に勝えずと謂わず、則ち下官職せずと曰う。國の紀を幹すに坐する者有るも、之を國の紀を幹すと謂わず、則ち行事請わずと曰う。此の五者、大夫既に自ら罪名有るを定むれども、猶お斥するに忍びず、然れども正しく以て之を呼ぶなり。既にして之が爲に諱む、愧恥せしむる所以なり。是の故に大夫の罪、其の五刑の域に在る者は、聞きて譴發せらるれば、則ち白冠厘纓、盤水に劍を加え、闕に造りて自ら罪を請う、君有司をして執縳牽掣して之に加えしめざるなり。其れ大罪有る者は、命を聞けば則ち北面再拜し、跪きて自裁す、君人をして捽引して刑殺せしめざるなり。曰わく:『子大夫自ら之を取るのみ、吾子に遇うこと禮有り』と。刑大夫に上らずして大夫も亦た其の罪を失わざるは、教の然らしむるなり。所謂禮庶人に下らずとは、庶人其の事を遽しくして禮を充つる能わざるを以て、故に之を責むるに禮を備うるを以てせざるなり。」冉有跪然として席を免れて曰わく:「言えば則ち美なり。求未だ之を聞かず、退きて之を記さん。」
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孔子家語・始誅孔子魯の大司寇と為り、父子訟うる者有り。夫子同狴に之を執う。三月別たず、其の父止めんことを請う。夫子之を赦す。季孫之を聞き、悦ばずして曰く、「司寇余を欺けり。曩に余に告げて曰く、『国家必ず孝を以て先とす』と。余今一の不孝を戮して以て民に孝を教うるは、亦た可ならずや。而るに又之を赦すは、何ぞや。」冉有以て孔子に告ぐ。子喟然として嘆じて曰く、「嗚呼、上其の道を失いて、其の下を殺すは、理に非ざるなり。孝を教えずして其の獄を聴くは、是れ不辜を殺すなり。三軍大敗するも、斬るべからざるなり。獄犴治まらざるも、刑すべからざるなり。何となれば、上の教之を行わざるは、罪民に在らざるが故なり。夫れ令を慢りて誅を謹むは、賊なり。斂を征するに時無きは、暴なり。試みずして成るを責むるは、虐なり。政此の三者無くして、然る後刑即くべきなり。書に云う、『義刑、義殺庸うる勿かれ、以て汝の心に即けよ、惟だ未だ事を慎むこと有らずと曰え』と。必ず教えて而る後に刑すを言うなり。既に道徳を陳べて以て先ず之に服せしめ、而して猶お可ならざれば、賢を尚びて以て之を勧め、又可ならざれば、即ち之を廃し、又可ならざれば、而る後に威を以て之を憚らしむ。是の若くすること三年にして、百姓正し。其れ邪民の化に従わざる者有れば、然る後に之を待つに刑を以てすれば、則ち民咸な罪を知る。詩に云う、『天子是れ毗け、民をして迷わざらしむ』と。是を以て威厳にして試みず、刑錯きて用いず。今の世は則ち然らず、其の教を乱して其の刑を繁くし、民をして迷惑して焉に陥らしめ、又従いて之を制す。故に刑彌いよ繁くして、盗勝えず。夫れ三尺の限、空車も登ること能わざる者は何ぞや、峻なるが故なり。百仞の山、重載も陟る者は何ぞや、陵遅なるが故なり。今世俗の陵遅久し、刑法有りと雖も、民踰ゆること勿からんや。」
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孔子家語・刑政仲弓曰わく:「古の訟を聽くや、尤罰は事に麗け、其の心を以てせずと。得て聞く可きか。」孔子曰わく:「凡そ五刑の訟を聽くには:必ず父子の情に原づき、君臣の義を立てて以て之を權り、輕重の序を意論し、淺深の量を慎測して以て之を別ち、其の聰明を悉くし、其の忠愛を正して以て之を盡くす。大司寇刑を正し辟を明らかにして以て獄を察す、獄は必ず三訊す。指有りて簡無ければ、則ち聽かず。附くるは輕きに從い、赦すは重きに從う。疑獄は則ち泛く眾と之を共にし、疑わしければ則ち之を赦す、皆小大の比を以て成すなり。是の故に人を爵するには必ず朝にす、眾と之を共にすればなり。人を刑するには必ず市にす、眾と之を棄つればなり。古は公家刑人を畜わず、大夫養わざるなり。士之に塗に遇うも、以て之と言わず。之を四方に屏け、唯だ其の之く所のままにす。政に與るに及ばず、之を生かさんと欲せざるなり。」