武士道 / 第九章 忠節・松王の首実検
我家の奥に、人は知らず、幼兒の生命と、母が眞心との二つは、既に祭壇に捧げられしなり。源藏は斯くとも思ひ寄らず、唯だ此子を以て其君を救はんとす。スケーブ、ゴート爰に犧牲を獲たり。檢視の役人は來れり。贋首に欺かるべき乎。源藏は忍びの鍔元くつろげ、虛と云はヾ切付けんと堅唾を呑む。眼力光らす松王丸、淺ましの首引寄せ、ためつ、すがめつ、こりや是れ菅秀才の首に紛ひ無しと云ふ。-母や其子が最期の狀を知れりや。道までは歸つて見たれど、子を殺さしにおこして置いて、などで我家へ歸らるべき。舅は年久しくも丞相の高恩を蒙り、夫は餘義無くも恩主の敵に隨身す。主は殘忍なりとても、臣として背くべきにあらず。流人の家に好みあるを幸ひ、菅秀才の首實檢せよとの今日の役目。
新字:我家の奥に、人は知らず、幼児の生命と、母が真心との二つは、既に祭壇に捧げられしなり。源蔵は斯くとも思ひ寄らず、唯だ此子を以て其君を救はんとす。スケーブ、ゴート爰に犠牲を獲たり。検視の役人は来れり。贋首に欺かるべき乎。源蔵は忍びの鍔元くつろげ、虚と云はヾ切付けんと堅唾を呑む。眼力光らす松王丸、浅ましの首引寄せ、ためつ、すがめつ、こりや是れ菅秀才の首に紛ひ無しと云ふ。-母や其子が最期の状を知れりや。道までは帰つて見たれど、子を殺さしにおこして置いて、などで我家へ帰らるべき。舅は年久しくも丞相の高恩を蒙り、夫は余義無くも恩主の敵に随身す。主は残忍なりとても、臣として背くべきにあらず。流人の家に好みあるを幸ひ、菅秀才の首実検せよとの今日の役目。
書き下し
我家の奥に、人は知らず、幼児の生命と、母が真心との二つは、既に祭壇に捧げられしなり。源蔵はかくとも思ひ寄らず、ただ此子を以て其君を救はんとす。スケープ・ゴート、ここに犠牲を獲たり。検視の役人は来れり。贋首に欺かるべきか。源蔵は忍びの鍔元くつろげ、虚と云はば切付けんと堅唾を呑む。眼力光らす松王丸、浅ましの首引寄せ、ためつ、すがめつ、こりや是れ菅秀才の首に紛ひ無しと云ふ。母や、其子が最期の状を知れりや。道までは帰つて見たれど、子を殺さしにおこして置いて、などで我家へ帰らるべき。舅は年久しくも丞相の高恩を蒙り、夫は余義無くも恩主の敵に随身す。主は残忍なりとても、臣として背くべきにあらず。流人の家に好みあるを幸ひ、菅秀才の首実検せよとの今日の役目。
現代語訳
我が家の奥で、人は知らず、幼児の命と母の真心の二つは、すでに祭壇に捧げられていました。源蔵はそうとも思い寄らず、ただこの子によって主君を救おうとします。身代わりの犠牲がここに得られました。検視の役人が来ました。偽の首に欺かれるでしょうか。源蔵は刀の鍔元をくつろげ、偽りだと言えば斬りつけようと固唾を呑みます。鋭い眼を光らせる松王丸は、痛ましい首を引き寄せ、ためつすがめつして、これはまさしく菅秀才の首に間違いない、と言いました。母よ、その子の最期の様を知っているのでしょうか。道までは帰ってみたけれど、子を殺させに送り出しておいて、どうして我が家へ帰れましょう。舅は長年、丞相の高い恩を受け、夫はやむなく恩ある主君の敵に仕えています。主君は残忍であっても、臣として背くべきではありません。流人の家と縁があるのを幸いに、菅秀才の首を実検せよというのが今日の役目です。
解説

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