茶の本 / 第六章 花・鉢の木
牡丹は、盛装した美しい侍女が水を与うべきもの、寒梅は青い顔をしてほっそりとした修道僧が水をやるべきものと書いた本がある。日本で、足利時代に作られた「鉢の木」という最も通俗な能の舞は、貧困な武士がある寒夜に炉に焚く薪がないので、旅僧を歓待するために、だいじに育てた鉢の木を切るという話に基づいて書いたものである。その僧とは実はわが物語のハルンアルラシッド(三一)ともいうべき北条時頼にほかならなかった。そしてその犠牲に対しては報酬なしではなかった。この舞は現今でも必ず東京の観客の涙を誘うものである。
書き下し
牡丹は、盛装した美しい侍女が水を与うべきもの、寒梅は青い顔をしてほっそりとした修道僧が水をやるべきものと書いた本がある。日本で、足利時代に作られた「鉢の木」という最も通俗な能の舞は、貧困な武士がある寒夜に炉に焚く薪がないので、旅僧を歓待するために、だいじに育てた鉢の木を切るという話に基づいて書いたものである。その僧とは実は、わが物語のハルンアルラシッドともいうべき北条時頼にほかならなかった。そしてその犠牲に対しては報酬なしではなかった。この舞は現今でも必ず東京の観客の涙を誘うものである。
現代語訳
牡丹は盛装した美しい侍女が水を与えるべきもの、寒中の梅は青い顔をしたほっそりした修道僧が水をやるべきものと書いた本があります。日本で足利時代に作られた鉢の木という、もっとも広く知られた能は、貧しい武士が寒い夜に炉に焚く薪がないので、旅の僧をもてなすために大事に育てた鉢の木を切るという話に基づいて書かれたものです。その僧とは実は、わが国の物語のハールーン・アッラシードとも言うべき北条時頼にほかなりませんでした。そしてその犠牲に対しては報酬がなかったわけではありません。この能は今でも必ず東京の観客の涙を誘うものです。
解説

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
関連する章句
-
『墨子』大取指を斷つと腕を斷つと、天下を利すること相い若くんば、擇ぶこと無きなり。死と生と利、若ければ、一に擇ぶこと無し。一人を殺して以て天下を存するは、一人を殺して以て天下を利するに非ざるなり。已を殺して以て天下を存するは、是れ己を殺して以て天下を利するなり。事為の中に於いて輕重を權る、之を求と謂う。求は之を為すも非なり。害の中に小を取り、義を為さんことを求むるは、義を為すに非ざるなり。暴人の為に天の是を為すを語らんや。而して性、暴人の為にせば、天の非を為すを歌うなり。諸そ陳執、既に為す所有りて、我れ之を為さば、陳執の執る所の為す所は、吾が為す所に因るなり。若し陳執、未だ為す所有らずして、我れ之を陳執に為さば、陳執は吾が為す所に因るなり。暴人、我が為に、天の人を以てするを為すは、是を為すに非ざるなり。而して性、正す可からずして之を正す。
-
呂氏春秋・仲秋③是の月や、乃ち宰祝に命じて、犠牲を巡行せしむ。全具を視、芻豢を案じ、肥瘠を瞻、物色を察し、必ず比類して、大小を量り、長短を視、皆度に中らしむ。五つの者備に當りて、上帝其れ享く。天子乃ち儺して、佐疾を禦ぎ、以て秋氣を通ず。犬を以て麻を嘗め、先づ寢廟を祭る。
-
『武士道』第十四章 婦人の教育と地位・犠牲の精神は男女を問わず読者、請ふ予を難ずるに、僻見以て意志の屈従を是認するものなりとする勿らんことを。予も亦た大いに、識見該博、思想深遠なるヘーゲルが、歴史とは自由の発展なり、実現なりと論断せるに推服す。然るに予のここに闡明せざるべからざるは、犠牲の精神の普く武士道の教訓に浸潤して、ただに女子のみならず、男子も亦た之を欠くべからざるものなりしこと、是れなり。故に武士道の感化の全く其跡を絶つの日に至らずんば、我社会は、彼の米国女権の代表者の猛然として、『日本の女よ、起てよ、旧慣に反抗せよ』と叫破せるの言に雷同すること能はざるべし。其反抗は果して奏効すべきか。婦人の地位は此れによつて進善すべきか。この暴挙を以て獲たる権利は、以て女子の伝宝たる温順の性格、優雅の態度の喪失を償ふに足れりや。
-
『武士道』第九章 忠節・松王の首実検我家の奥に、人は知らず、幼児の生命と、母が真心との二つは、既に祭壇に捧げられしなり。源蔵はかくとも思ひ寄らず、ただ此子を以て其君を救はんとす。スケープ・ゴート、ここに犠牲を獲たり。検視の役人は来れり。贋首に欺かるべきか。源蔵は忍びの鍔元くつろげ、虚と云はば切付けんと堅唾を呑む。眼力光らす松王丸、浅ましの首引寄せ、ためつ、すがめつ、こりや是れ菅秀才の首に紛ひ無しと云ふ。母や、其子が最期の状を知れりや。道までは帰つて見たれど、子を殺さしにおこして置いて、などで我家へ帰らるべき。舅は年久しくも丞相の高恩を蒙り、夫は余義無くも恩主の敵に随身す。主は残忍なりとても、臣として背くべきにあらず。流人の家に好みあるを幸ひ、菅秀才の首実検せよとの今日の役目。
-
呂氏春秋・季夏③是の月や、四監大夫をして百縣の秩芻を合わせ、以て犧牲を養わしむ。民をして咸其の力を出ださせること無からしめ、以て皇天上帝・名山大川・四方の神に供し、以て宗廟社稷の靈を祀り、民の為に福を祈る。
-
『武士道』第十四章 婦人の教育と地位・女となりては父の為にし彼は勁健、柔和、剛壮、悲惻の声こもごも至り、切々として日夜其小巣の為に歌へり。女となりては父の為にし、妻となりては夫の為にし、母となりては子の為にして、自から犠牲たるに甘んじ、女子少小にして、すでに自己を棄つることを知る。其一生を挙げて自主の人たらず、却つて他に隷従奉仕せり。男子の配偶となり、其の在るによりて夫を補佐するを得ば側に侍し、其の事に妨ぐることあらば屏後に退く。青春の男子の少艾を慕ふや、女も亦た報ずるに熱切の愛を以てすと雖、もし女子の故に男子の其義務を忽にするが如きことあらんか、女子の自から其美貌を損して以て男子の愛を失はんことを欲したるの逸事尠からず。武士の女子が理想の妻たる吾妻は、仇し男の慕ふ所となり、我愛を獲んが為に良人の命を殆くせられんとするや、自から亦た不義に与するに託し、闇夜ひそかに良人に代り、而して熱情ある刺客の刃は、其堅貞なる首に下りたり。