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茶の本 / 第六章 花・鉢の木

牡丹は、盛装した美しい侍女が水を与うべきもの、寒梅は青い顔をしてほっそりとした修道僧が水をやるべきものと書いた本がある。日本で、足利時代に作られた「鉢の木」という最も通俗な能の舞は、貧困な武士がある寒夜に炉に焚く薪がないので、旅僧を歓待するために、だいじに育てた鉢の木を切るという話に基づいて書いたものである。その僧とは実はわが物語のハルンアルラシッド(三一)ともいうべき北条時頼にほかならなかった。そしてその犠牲に対しては報酬なしではなかった。この舞は現今でも必ず東京の観客の涙を誘うものである。

書き下し

牡丹は、盛装した美しい侍女が水を与うべきもの、寒梅は青い顔をしてほっそりとした修道僧が水をやるべきものと書いた本がある。日本で、足利時代に作られた「鉢の木」という最も通俗な能の舞は、貧困な武士がある寒夜に炉に焚く薪がないので、旅僧を歓待するために、だいじに育てた鉢の木を切るという話に基づいて書いたものである。その僧とは実は、わが物語のハルンアルラシッドともいうべき北条時頼にほかならなかった。そしてその犠牲に対しては報酬なしではなかった。この舞は現今でも必ず東京の観客の涙を誘うものである。

現代語訳

牡丹は盛装した美しい侍女が水を与えるべきもの、寒中の梅は青い顔をしたほっそりした修道僧が水をやるべきものと書いた本があります。日本で足利時代に作られた鉢の木という、もっとも広く知られた能は、貧しい武士が寒い夜に炉に焚く薪がないので、旅の僧をもてなすために大事に育てた鉢の木を切るという話に基づいて書かれたものです。その僧とは実は、わが国の物語のハールーン・アッラシードとも言うべき北条時頼にほかなりませんでした。そしてその犠牲に対しては報酬がなかったわけではありません。この能は今でも必ず東京の観客の涙を誘うものです。

解説

花に誰が水をやるべきかまで定めた本の話から、鉢の木の物語へ移ります。貧しい武士が、客をもてなすために大事に育てた盆栽を薪にして焚く。花を愛する心と客をもてなす心がぶつかり、後者が選ばれた話です。この章は花を切ることを告発してきましたが、ここでは切ることが徳になっている。何のために切るかで意味が変わるという転換点で、次の段以降の弁護に道を開きます。

この章句が説くこと

鉢の木犠牲もてなし選択

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