孔子家語 / 論禮
子貢曰:「敢問何謂三無?」孔子曰:「無聲之樂,無體之禮,無服之喪。此之謂三無。」子夏曰:「敢問三無何詩近之?」孔子曰:「夙夜基命宥密,無聲之樂也。威儀逮逮,不可選也;無體之禮也。凡民有喪,扶伏救之;無服之喪也。」
新字:子貢曰:「敢問何謂三無?」孔子曰:「無声之楽,無体之礼,無服之喪。此之謂三無。」子夏曰:「敢問三無何詩近之?」孔子曰:「夙夜基命宥密,無声之楽也。威儀逮逮,不可選也;無体之礼也。凡民有喪,扶伏救之;無服之喪也。」
書き下し
子貢曰わく、「敢えて問う、何をか三無と謂う。」孔子曰わく、「声無きの楽、体無きの礼、服無きの喪、此れを三無と謂う。」子夏曰わく、「敢えて問う、三無は何れの詩か之に近き。」孔子曰わく、「夙夜命を基め宥密なる、声無きの楽なり。威儀逮逮として、選ぶべからず、体無きの礼なり。凡そ民喪有れば、扶伏してこれを救う、服無きの喪なり。」
現代語訳
子貢が尋ねた。「あえてお尋ねします。三無とは何を言うのですか。」孔子は言った。「音のない音楽、形のない礼、喪服のない喪、これを三無といいます。」子夏が尋ねた。「あえてお尋ねします。三無に近い詩句はどれでしょうか。」孔子は言った。「『夙夜(朝な夕な)天命を基礎とし、静かに深く思いをめぐらす』というのが、音のない音楽にあたります。『威儀は堂々として、これと定めて選べないほど自然である』というのが、形のない礼にあたります。『すべて民に喪のことがあれば、這ってでも駆けつけて助ける』というのが、喪服のない喪にあたります。」
解説
「三無」とは、実際の音や形、喪服という「かたち」を伴わなくても本質が実現している境地――音のない音楽、形式張らない礼、喪服を着なくても弔意が行き届く喪――を指します。子夏がさらに「それに近い詩句」を尋ねると、孔子は『詩経』の句を引きながら、目に見える儀礼の形式そのものよりも、その根底にある真心や配慮こそが本質であることを示します。特に「服無きの喪」、すなわち喪服を着ていなくても、困っている民のもとへ這ってでも駆けつけて助けるという姿は、儀礼の外形にとらわれず、真に人を思う心が形式を超えて働くことの尊さを教えています。
この章句が説くこと
三無無声之楽無体之礼無服之喪詩経
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