孔子家語 / 論禮
子貢作而問曰:「然則夔其窮與?」子曰:「古之人與上古之人也,達於禮而不達於樂,謂之素;達於樂而不達於禮,謂之偏。夫夔達於樂而不達於禮,是以傳於此名也,古之人也。凡制度在禮,文為在禮。行之,其在人乎?」三子者既得聞此論於夫子也,煥若發蒙焉。
新字:子貢作而問曰:「然則夔其窮与?」子曰:「古之人与上古之人也,達於礼而不達於楽,謂之素;達於楽而不達於礼,謂之偏。夫夔達於楽而不達於礼,是以伝於此名也,古之人也。凡制度在礼,文為在礼。行之,其在人乎?」三子者既得聞此論於夫子也,煥若発蒙焉。
書き下し
子貢作ちて問いて曰わく、「然らば則ち夔はそれ窮するか。」子曰わく、「古の人と上古の人とや、礼に達して楽に達せざる、これを素と謂う。楽に達して礼に達せざる、これを偏と謂う。夫れ夔は楽に達して礼に達せず、是を以て此の名を伝うるなり、古の人なり。凡そ制度は礼に在り、文為は礼に在り。これを行うは、それ人に在るか。」三子者既に此の論を夫子に聞くを得るや、煥として発蒙するがごとし。
現代語訳
子貢は座を立って尋ねた。「そうであるならば、(音楽の名手であった)夔は、礼という点では至らなかったということでしょうか。」孔子は言った。「昔の人と大昔の人とでは、礼には通じているが楽には通じていない者を『素(そっけない)』といい、楽には通じているが礼には通じていない者を『偏(かたよっている)』といいます。夔は楽には通じていましたが礼には通じていませんでした。そのために(楽の名手という)この名だけが伝わっているのです。彼もまた昔の人の一人です。そもそも制度は礼のうちにあり、文物・作法も礼のうちにあります。それを実際に行うかどうかは、結局のところ人それぞれ次第なのではないでしょうか。」子張・子貢・言遊の三人は、この孔子の議論を聞き終えると、まるで暗いところに光が差し込んだかのように、はっきりと理解した様子であった。
解説
この章句が説くこと
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孔子家語・問玉子張聖人の教うる所以を問う。孔子曰く、「師よ、吾汝に語らん。聖人禮樂に明らかにして、舉げて之を措くのみ。」子張又問う。孔子曰く、「師よ、爾必ず几筵を布き、揖讓升降し、酌獻酬酢して、然る後之を禮と謂うと以えるか。爾必ず綴兆を行い、羽鑰を執り、鐘鼓を作して、然る後之を樂と謂うと以えるか。言いて履むべきは、禮なり。行いて樂しむべきは、樂なり。聖人此の二者を力めて、以て躬ら南面す。是の故に天下太平なり。萬民順伏し、百官事を承くるは、上下禮有ればなり。夫れ禮の興る所以は、眾の治まる所以なり。禮の廢する所以は、眾の亂るる所以なり。目巧の室にも、則ち隩阼有り、席にも則ち上下有り、車にも則ち左右有り、行くにも則ち並隨し、立つにも則ち列序有り。古の義なり。室にして隩阼無ければ、則ち堂室に亂る。席にして上下無ければ、則ち席次に亂る。車にして左右無ければ、則ち車上に亂る。行きて並隨無ければ、則ち階塗に亂る。列して次序無ければ、則ち著に亂る。昔者明王聖人、貴賤長幼を辯じ、男女內外を正し、親疏遠近を序して、敢えて相踰越する莫き者は、皆此の塗に由りて出づるなり。」
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