孔子家語 / 本命解
公曰:「男子十六精通,女子十四而化,是則可以生民矣。而《禮》『男子三十而有室,女子二十而有夫』也。豈不晚哉?」孔子曰:「夫禮言其極,不是過也。男子二十而冠,有為人父之端,女子十五許嫁,有適人之道,於此而?,則自婚矣。群生閑藏乎陰,而為化育之始,故聖人因時以合偶,男子窮天數也。極霜降而婦功成,嫁娶者行焉。冰泮而農桑起,婚禮而殺於此。男子者,任天道而長萬物者也。知可為,知不可為;知可言,知不可言;知可行,知不可行者。是故審其倫而明其別,謂之知;所以效匹夫之聽也。女子者,順男子之教而長其理者也。是故無專制之義,而有三從之道:幼從父兄,既嫁從夫,夫死從子。言無再醮之端。教令不出於閨門,事在供酒食而已,無閫外之非儀也。不越境而奔喪;事無擅為,行無獨成;參知而後動,可驗而後言;晝不遊庭,夜行以火;所以效匹婦之德也。」孔子遂言曰:「女有五不取:逆家子者,亂家子者,世有刑人子者,有惡疾子者,喪父長子。婦有七出,三不去。七出者:不順父母出者,無子者,淫僻者,嫉妒者,惡疾者,多口舌者,竊盜者。三不去者:謂有所取無所歸,與共更三年之喪,先貧賤,後富貴。凡此,聖人所以順男女之際、重婚姻之始也。」
新字:公曰:「男子十六精通,女子十四而化,是則可以生民矣。而《礼》『男子三十而有室,女子二十而有夫』也。豈不晩哉?」孔子曰:「夫礼言其極,不是過也。男子二十而冠,有為人父之端,女子十五許嫁,有適人之道,於此而?,則自婚矣。群生閑蔵乎陰,而為化育之始,故聖人因時以合偶,男子窮天数也。極霜降而婦功成,嫁娶者行焉。冰泮而農桑起,婚礼而殺於此。男子者,任天道而長万物者也。知可為,知不可為;知可言,知不可言;知可行,知不可行者。是故審其倫而明其別,謂之知;所以効匹夫之聴也。女子者,順男子之教而長其理者也。是故無専制之義,而有三従之道:幼従父兄,既嫁従夫,夫死従子。言無再醮之端。教令不出於閨門,事在供酒食而已,無閫外之非儀也。不越境而奔喪;事無擅為,行無独成;参知而後動,可験而後言;昼不遊庭,夜行以火;所以効匹婦之徳也。」孔子遂言曰:「女有五不取:逆家子者,乱家子者,世有刑人子者,有悪疾子者,喪父長子。婦有七出,三不去。七出者:不順父母出者,無子者,淫僻者,嫉妒者,悪疾者,多口舌者,竊盗者。三不去者:謂有所取無所帰,与共更三年之喪,先貧賤,後富貴。凡此,聖人所以順男女之際、重婚姻之始也。」
書き下し
公曰わく、「男子十六にして精通し、女子十四にして化す、是れ則ち以て民を生ずべし。而るに『礼』に『男子三十にして室有り、女子二十にして夫有り』とあり。豈に晩からずや。」孔子曰わく、「夫れ礼はその極を言うにして、是れ過ぐるに非ざるなり。男子二十にして冠し、人の父為るの端有り、女子十五にして嫁を許し、人に適くの道有り、此に於て婚せば、則ち自ら婚するなり。群生は陰に閑蔵して、化育の始めと為る、故に聖人は時に因りて偶を合わす、男子は天数を窮むるなり。霜降を極めて婦功成り、嫁娶する者行わる。冰泮けて農桑起こり、婚礼は此に殺す。男子なる者は、天道に任じて万物を長ずる者なり。為すべきを知り、為すべからざるを知り、言うべきを知り、言うべからざるを知り、行うべきを知り、行うべからざるを知る者なり。是の故にその倫を審らかにしてその別を明らかにする、これを知と謂う、匹夫の聴に效う所以なり。女子なる者は、男子の教に順いてその理を長ずる者なり。是の故に専制の義無くして、三従の道有り。幼くしては父兄に従い、既に嫁しては夫に従い、夫死しては子に従う。再醮の端無きを言うなり。教令は閨門より出でず、事は酒食を供するに在るのみ、閫外の非儀無きなり。境を越えて喪に奔らず。事は擅らに為す無く、行いは独り成す無し。参知して後動き、験すべくして後言う。昼は庭に遊ばず、夜行くには火を以てす、匹婦の徳に效う所以なり。」孔子遂に言いて曰わく、「女に五つの取らざる有り。逆家の子なる者、乱家の子なる者、世に刑人の子有る者、悪疾の子有る者、父を喪える長子。婦に七出有り、三不去有り。七出とは、父母に順わずして出だす者、子無き者、淫僻なる者、嫉妒なる者、悪疾ある者、口舌多き者、竊盗する者なり。三不去とは、娶る所有りて帰する所無き、与に三年の喪を共に更えたる、先に貧賤にして後に富貴なる、を謂うなり。凡そ此れ、聖人の男女の際に順い、婚姻の始めを重んずる所以なり。」
現代語訳
哀公が言った。「男子は十六歳で精気が通じ、女子は十四歳で生殖能力を得る、これならばもう子をなすことができるはずです。ところが『礼』には『男子は三十歳になって初めて妻を持ち、女子は二十歳になって初めて夫を持つ』とあります。これでは遅すぎるのではありませんか。」孔子は答えた。「そもそも礼が言うのはぎりぎりの限界であって、行き過ぎているわけではありません。男子は二十歳で元服し、人の父となる端緒を得ます。女子は十五歳で嫁ぐことを許され、人に嫁ぐ道が開けます。この年齢に至って結婚すれば、自然な婚姻となるのです。あらゆる生き物は陰の中にひっそりと蓄えられていて、それが化育の始まりとなります。だから聖人は時節に応じて男女を結びつけるのであり、男子については天の定めた数を窮め尽くすのです。霜が降りきる晩秋になって女の仕事(織物など)が仕上がり、嫁入りが行われます。氷が解けて農耕や養蚕が始まる頃には、婚礼の風習はおさまります。男子とは、天の道を担って万物を成長させる存在です。なすべきことを知り、なすべきでないことを知り、言うべきことを知り、言うべきでないことを知り、行うべきことを知り、行うべきでないことを知る者です。だからこそ、人としてのけじめを見極めその区別を明らかにすることを知恵といい、それによって一人前の男子としての務めに応えるのです。女子とは、男子の教えに従ってその道理を成長させる存在です。だから、女子には自分だけで決める権利はなく、三従の道があります。幼いうちは父や兄に従い、嫁いでからは夫に従い、夫が死んだら子に従います。これは再婚をしないという意味です。教えや命令は家の奥から外に出さず、務めは酒食を供することに尽きます。家の外に出しゃばるような不作法もありません。国境を越えてまで喪に駆けつけることもしません。物事を勝手に行わず、一人だけで事を成し遂げることもありません。人に相談したうえで行動し、確かめてから発言します。昼間は庭で遊び歩かず、夜出かけるときは灯りを持ちます。これらはみな、一人前の女子としての徳に応えるためのものです。」孔子はさらに続けて言った。「妻として娶ってはならない女性が五種類あります。反逆者の家の娘、乱れた家の娘、代々刑罰を受けた者を出す家の娘、悪い病を持つ家の娘、父を亡くした長女です。妻には七つの離縁理由(七出)と、三つの離縁してはならない理由(三不去)があります。七出とは、舅姑に従わない、子がない、みだらである、嫉妬深い、悪い病がある、口数が多い、盗みを働く、これらを理由に離縁することです。三不去とは、嫁いだ先はあっても実家に帰る場所がない場合、舅姑の三年の喪を共に務めた場合、嫁いだ当時は貧しく身分が低かったのに後に富み栄えた場合、これらの場合には離縁してはならないということです。これらはみな、聖人が男女の分別に従い、婚姻の始まりを重んじたゆえんです。」
解説
この章句が説くこと
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孔子家語・本命解魯の哀公、孔子に問いて曰わく、「人の命と性とは何をか謂うや。」孔子対えて曰わく、「道に分かるる、これを命と謂う。一に形るる、これを性と謂う。陰陽に化す。形を象りて発する、これを生と謂う。化窮まり数尽くる、これを死と謂う。故に命なる者は、性の始めなり。死なる者は、生の終わりなり。始め有れば、則ち必ず終わり有り。人始めて生まるるや、具わらざる者五つ有り。目は見る無く、食う能わず、行く能わず、言う能わず、化する能わず。生まれて三月に及びて微煦し、然る後見る有り。八月にして歯を生じ、然る後能く食う。三年にして顖合し、然る後能く言う。十有六にして精通し、然る後能く化す。陰窮まりて陽に反る、故に陰は陽を以て変ず。陽窮まりて陰に反る、故に陽は陰を以て化す。是を以て男子は八月にして歯を生じ、八歳にして齔す。女子は七月にして歯を生じ、七歳にして齔し、十有四にして化す。一陽一陰、奇偶相配し、然る後道合いて化成す。性命の端は、此に形るるなり。」
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孔子家語・大婚解公曰く、「寡人言う所有らんことを願う。然れども冕して親迎するは、已に重きに過ぎずや。」孔子愀然として色を作して対えて曰く、「二姓の好を合わせて、以て先聖の後を継ぎ、以て天下宗廟社稷の主と為すなり。君何ぞ已に重しと謂うや。」公曰く、「寡人実に固なり、固ならずんば安くんぞ此の言を聞くを得んや。寡人問わんと欲するも、辞を為す能わず、請う少しく進めん。」孔子曰く、「天地合わざれば、万物生ぜず。大婚は、万世の嗣なり。君何ぞ已に重しと謂うや。」孔子遂に言いて曰く、「内は以て宗廟の礼を治め、以て天地の神に配するに足る。外は以て直言の礼を治め、以て上下の敬を立つ。物恥ずれば、則ち以て之を振るうに足り、国恥ずれば、以て之を興すに足る。故に政を為すは礼を先んず、礼は其れ政の本か。」
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孔子家語・五刑解冉有孔子に問いて曰わく:「古者三皇五帝、五刑を用いざりき、信なるか。」孔子曰わく:「聖人の防を設くるは、其の犯さざるを貴べばなり。五刑を制して用いざるは、至治を爲す所以なり。凡そ夫れ奸邪竊盜、法を靡ろにして妄行を爲す者は、不足に生ず。不足は無度に生じ、無度なれば則ち小なる者は偷盜し、大なる者は侈靡し、各々節を知らず。是を以て:上に制度有れば、則ち民止まる所を知る。民止まる所を知れば、則ち犯さず。故に奸邪賊盜、法を靡ろにして妄行するの獄有りと雖も、刑に陷るの民無し。不孝は不仁に生じ、不仁は喪祭の禮明らかならざるに生ず。喪祭の禮は、仁愛を教うる所以なり。能く仁愛を教うれば、則ち喪には思慕し祭には祀り、人子饋養の道を解かず。喪祭の禮明らかなれば、則ち民孝なり。故に不孝の獄有りと雖も、刑に陷るの民無し。上を殺すは、不義に生ず。義は貴賤を別ち、尊卑を明らかにする所以なり。貴賤別有り、尊卑序有れば、則ち民上を尊びて長を敬せざる莫し。朝聘の禮は、義を明らかにする所以なり。義必ず明らかなれば、則ち民犯さず。故に上を殺すの獄有りと雖も、刑に陷るの民無し。鬥變は相陵ぐに生じ、相陵ぐは長幼序無くして敬讓を遺るるに生ず。鄉飲酒の禮は、長幼の序を明らかにして、敬讓を崇ぶ所以なり。長幼必ず序あり、民敬讓を懷けば、故に鬥變の獄有りと雖も、刑に陷るの民無し。淫亂は男女別無きに生ず。男女別無ければ、則ち夫婦義を失う。禮の聘享は男女を別ち、夫婦の義を明らかにする所以なり。男女既に別ち、夫婦既に明らかなれば、故に淫亂の獄有りと雖も、刑に陷るの民無し。此の五者、刑罰の生ずる所以、各々源有り。豫め其の源を塞がずして、輒ち之を繩するに刑を以てするは、是を民の爲に阱を設けて之を陷ると謂う。刑罰の源は、嗜欲節ならざるに生ず。夫れ禮度は、民の嗜欲を御し、好惡を明らかにして天の道に順う所以なり。禮度既に陳ね、五教畢く修まるも、民猶お或いは未だ化せざれば、尚お必ず其の法典を明らかにして以て之を申固す。其の奸邪法を靡ろにし妄行するの獄を犯す者には、則ち制量の度を飭む。不孝の獄を犯す有れば、則ち喪祭の禮を飭む。上を殺すの獄を犯す有れば、則ち朝覲の禮を飭む。鬥變の獄を犯す有れば、則ち鄉飲酒の禮を飭む。淫亂の獄を犯す有れば、則ち婚聘の禮を飭む。三皇五帝の民を化する所以此くの如し、五刑の用有りと雖も、亦た可ならずや。」
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孔子家語・問禮哀公孔子に問いて曰く、「大礼は何如。子の礼を言うや、何ぞ其れ尊きや。」孔子対えて曰く、「丘や鄙人にして、以て大礼を知るに足らざるなり。」公曰く、「吾子言え。」孔子曰く、「丘之を聞く、民の生くる所以の者は、礼を大と為す、と。礼に非ざれば、則ち以て天地の神に事うるを節する無し。礼に非ざれば、則ち以て君臣・上下・長幼の位を辯ずる無し。礼に非ざれば、則ち以て男女・父子・兄弟・婚姻・親族疏数の交わりを別つ無し。是の故に君子此を之れ尊敬と為し、然る後其の能くする所を以て百姓を教順し、其の会節を廃せず。既に成事有りて、而る後其の文章黼黻を治め、以て尊卑上下の等を別つ。其れ之に順いて、而る後其の喪祭の紀、宗廟の序を言い、其の犠牲を品し、其の豕臘を設け、其の歳時を修め、以て其の祭祀を敬い、其の親疏を別ち、其の昭穆を序す。而る後宗族会燕し、即ち其の居を安んじ、以て恩義を綴る。其の宮室を卑くし、其の服御を節し、車に璣を雕らず、器に鏤を彤らず、食に二味せず、心に志を淫にせず、以て万民と利を同じくす。古の明王礼を行うこと此くの如し。」
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孔子家語・哀公問政哀公、政を孔子に問う。孔子対えて曰わく、「文武の政は、方策に布在す。其の人存すれば、則ち其の政挙がり、其の人亡ければ、則ち其の政息む。天道は生を敏め、人道は政を敏め、地道は樹を敏む。夫れ政は、猶お蒲盧のごときなり。化を待ちて以て成る。故に政を為すは人を得るに在り、人を取るには身を以てし、道を修むるには仁を以てす。仁とは人なり、親を親しむを大と為す。義とは宜なり、賢を尊ぶを大と為す。親を親しむの殺、賢を尊ぶの等は、礼の生ずる所以なり。礼とは政の本なり。是を以て君子は身を修めざる可からず。身を修めんことを思わば、親に事えざる可からず。親に事えんことを思わば、人を知らざる可からず。人を知らんことを思わば、天を知らざる可からず。天下の達道五つ有り、其の之れを行う所以の者三つ。曰わく、君臣なり、父子なり、夫婦なり、昆弟なり、朋友なり。五つの者は、天下の達道なり。智・仁・勇、三つの者は、天下の達徳なり。之れを行う所以の者は、一なり。或いは生まれながらにして之れを知り、或いは学びて之れを知り、或いは困しみて之れを知る。其の之れを知るに及びては、一なり。或いは安んじて之れを行い、或いは利として之れを行い、或いは勉強して之れを行う。其の成功に及びては、一なり。」