孔子家語 / 本命解
魯哀公問於孔子曰:「人之命與性何謂也?」孔子對曰:「分於道,謂之命;形於一,謂之性。化於陰陽:象形而發,謂之生;化窮數盡,謂之死。故命者,性之始也;死者,生之終也。有始,則必有終矣。人始生而有不具者五焉:目無見、不能食、不能行、不能言、不能化。及生三月而微煦,然後有見。八月生齒,然後能食。三年?合,然後能言。十有六而精通,然後能化。陰窮反陽,故陰以陽變;陽窮反陰,故陽以陰化。是以男子八月生齒,八歲而齔。女子七月生齒,七歲而齔,十有四而化。一陽一陰,奇偶相配;然後道合化成。性命之端,形於此也。」
新字:魯哀公問於孔子曰:「人之命与性何謂也?」孔子対曰:「分於道,謂之命;形於一,謂之性。化於陰陽:象形而発,謂之生;化窮数尽,謂之死。故命者,性之始也;死者,生之終也。有始,則必有終矣。人始生而有不具者五焉:目無見、不能食、不能行、不能言、不能化。及生三月而微煦,然後有見。八月生齒,然後能食。三年?合,然後能言。十有六而精通,然後能化。陰窮反陽,故陰以陽変;陽窮反陰,故陽以陰化。是以男子八月生齒,八歳而齔。女子七月生齒,七歳而齔,十有四而化。一陽一陰,奇偶相配;然後道合化成。性命之端,形於此也。」
書き下し
魯の哀公、孔子に問いて曰わく、「人の命と性とは何をか謂うや。」孔子対えて曰わく、「道に分かるる、これを命と謂う。一に形るる、これを性と謂う。陰陽に化す。形を象りて発する、これを生と謂う。化窮まり数尽くる、これを死と謂う。故に命なる者は、性の始めなり。死なる者は、生の終わりなり。始め有れば、則ち必ず終わり有り。人始めて生まるるや、具わらざる者五つ有り。目は見る無く、食う能わず、行く能わず、言う能わず、化する能わず。生まれて三月に及びて微煦し、然る後見る有り。八月にして歯を生じ、然る後能く食う。三年にして顖合し、然る後能く言う。十有六にして精通し、然る後能く化す。陰窮まりて陽に反る、故に陰は陽を以て変ず。陽窮まりて陰に反る、故に陽は陰を以て化す。是を以て男子は八月にして歯を生じ、八歳にして齔す。女子は七月にして歯を生じ、七歳にして齔し、十有四にして化す。一陽一陰、奇偶相配し、然る後道合いて化成す。性命の端は、此に形るるなり。」
現代語訳
魯の哀公が孔子に尋ねた。「人の命(めぐりあわせ)と性(生まれつきの本質)とは何を言うのですか。」孔子は答えた。「道から分かたれたものを命といい、一つの形に定まったものを性といいます。陰陽の働きによって変化し、形を成して発現することを生といい、変化が窮まり寿命が尽きることを死といいます。だから命とは性の始まりであり、死とは生の終わりです。始まりがあれば、必ず終わりがあります。人は生まれたばかりのとき、五つの機能が備わっていません。目は見えず、食べることも、歩くことも、話すことも、変化(成長)することもできません。生まれて三か月ほど経って温もりが備わり、ようやく物が見えるようになります。八か月で歯が生え、ようやく食べられるようになります。三年経って頭の泉門が閉じ、ようやく話せるようになります。十六歳になって精気が通じ、ようやく生殖(変化・子をなすこと)ができるようになります。陰が極まれば陽に転じるので、陰は陽によって変化します。陽が極まれば陰に転じるので、陽は陰によって変化します。それゆえ男子は生まれて八か月で歯が生え、八歳で歯が生え変わります。女子は生まれて七か月で歯が生え、七歳で歯が生え変わり、十四歳で生殖ができるようになります。このように一つの陽と一つの陰、奇数と偶数とが互いに配し合い、その後に道理がかない、変化が成り立つのです。人の生まれと定めの端緒は、ここに現れているのです。」
解説
この章句が説くこと
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説苑・辨物夫れ天地に徳有り、合すれば則ち生気精有り。陰陽消息すれば則ち変化に時有り。時を得て治まり、時を得て化す、時を失えば則ち乱る。是の故に人生まれて具わらざる者五つ。目見ゆる無く、食らう能わず、行く能わず、言う能わず、化を施す能わず。故に三月にして眼達して後に能く見、七月にして歯生じて後に能く食らい、期年にして臏(ひざ)生じて後に能く行き、三年にして合して後に能く言い、十六にして精通じて後に能く化を施す。陰窮まれば陽に反り、陽窮まれば陰に反る。故に陰は陽を以て変じ、陽は陰を以て変ず。故に男は八月にして歯を生じ、八歳にして歯を毀ち、二八十六にして精小しく通ず。女は七月にして歯を生じ、七歳にして歯を毀ち、二七十四にして精化小しく通ず。不肖なる者は精化始めて至り、生気感動し、情に触れて欲を縦にす。故に反りて施化を乱す。故に詩に云う、「乃ち之くの人の如きは、婚姻を懐うなり。大いに信無きなり、命を知らざるなり」と。賢者は然らず、精化填盈して後、時の遇うべからざるを傷み、道端を見ずして、乃ち情欲を陳べて以て歌う。詩に曰わく、「静女其れ姝(しゅ)なり、我を城隅に俟つ。愛して見えず、首を掻きて踟躕(ちちゅう)す」と。「彼の日月を瞻(み)て、遙遙として我思う。道の云(ここ)に遠し、曷(なん)ぞ来る能わん」と。時を急(せ)くの辞なり、甚だしきかな、故に日月を称するなり。
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孔子家語・本命解公曰わく、「男子十六にして精通し、女子十四にして化す、是れ則ち以て民を生ずべし。而るに『礼』に『男子三十にして室有り、女子二十にして夫有り』とあり。豈に晩からずや。」孔子曰わく、「夫れ礼はその極を言うにして、是れ過ぐるに非ざるなり。男子二十にして冠し、人の父為るの端有り、女子十五にして嫁を許し、人に適くの道有り、此に於て婚せば、則ち自ら婚するなり。群生は陰に閑蔵して、化育の始めと為る、故に聖人は時に因りて偶を合わす、男子は天数を窮むるなり。霜降を極めて婦功成り、嫁娶する者行わる。冰泮けて農桑起こり、婚礼は此に殺す。男子なる者は、天道に任じて万物を長ずる者なり。為すべきを知り、為すべからざるを知り、言うべきを知り、言うべからざるを知り、行うべきを知り、行うべからざるを知る者なり。是の故にその倫を審らかにしてその別を明らかにする、これを知と謂う、匹夫の聴に效う所以なり。女子なる者は、男子の教に順いてその理を長ずる者なり。是の故に専制の義無くして、三従の道有り。幼くしては父兄に従い、既に嫁しては夫に従い、夫死しては子に従う。再醮の端無きを言うなり。教令は閨門より出でず、事は酒食を供するに在るのみ、閫外の非儀無きなり。境を越えて喪に奔らず。事は擅らに為す無く、行いは独り成す無し。参知して後動き、験すべくして後言う。昼は庭に遊ばず、夜行くには火を以てす、匹婦の徳に效う所以なり。」孔子遂に言いて曰わく、「女に五つの取らざる有り。逆家の子なる者、乱家の子なる者、世に刑人の子有る者、悪疾の子有る者、父を喪える長子。婦に七出有り、三不去有り。七出とは、父母に順わずして出だす者、子無き者、淫僻なる者、嫉妒なる者、悪疾ある者、口舌多き者、竊盗する者なり。三不去とは、娶る所有りて帰する所無き、与に三年の喪を共に更えたる、先に貧賤にして後に富貴なる、を謂うなり。凡そ此れ、聖人の男女の際に順い、婚姻の始めを重んずる所以なり。」
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孔子家語・本命解子夏、孔子に問いて曰わく、「商聞く、易の人及び万物、鳥獣昆虫を生ずるや、各々奇偶有り、気分同じからずして、凡人その情を知る莫し、唯だ達徳の者のみ能くその本を原ぬ、と。天は一、地は二、人は三、三は九の如く、九九八十一、一は日を主り、日の数は十なり、故に人は十月にして生まる。八九七十二、偶は以て奇に従い、奇は辰を主り、辰は月と為り、月は馬を主る、故に馬は十二月にして生まる。七九六十三、三は斗を主り、斗は狗を主る、故に狗は三月にして生まる。六九五十四、四は時を主り、時は豕を主る、故に豕は四月にして生まる。四九三十六、六は律を為し、律は鹿を主る、故に鹿は六月にして生まる。三九二十七、七は星を主り、星は虎を主る、故に虎は七月にして生まる。二九一十八、八は風を主り、風は虫と為る、故に虫は八月にして生まる。その余は各々その類に従う。鳥魚は陰に生じて陽に属す、故に皆卵生す。魚は水に游ぎ、鳥は雲に游ぶ、故に立冬すれば則ち燕雀海に入りて化して蛤と為る。蚕は食して飲まず、蝉は飲みて食わず、蜉蝣は飲まず食わず、万物の同じからざる所以なり。介鱗は夏食して冬蟄す、齕吞する者は八竅にして卵生し、齟齬する者は九竅にして胎生し、四足なる者は羽翼無く、角を戴く者は上歯無く、角無く前歯無き者は膏あり、角無く後歯無き者は脂あり、昼生まるる者は父に類し、夜生まるる者は母に似る、ここを以て至陰は牝を主り、至陽は牡を主る。敢えて問う、その然るか、と。」孔子曰わく、「然り、吾昔老聃に聞くも亦た汝の言の如し。」子夏曰わく、「商聞く、山書に曰わく、『地は東西を緯と為し、南北を経と為す、山は積徳と為り、川は積刑と為る、高き者は生と為り、下れる者は死と為る、丘陵は牡と為り、渓谷は牝と為る、蚌蛤亀珠は、日月と与に盛虚す。是の故に堅土の人は剛に、弱土の人は柔に、墟土の人は大に、沙土の人は細に、息土の人は美に、㘪土の人は醜し。水を食う者は善く游ぎて寒に耐え、土を食う者は心無くして息せず、木を食う者は力多くして治まらず、草を食う者は善く走りて愚かに、桑を食う者は緒有りて蛾となり、肉を食う者は勇毅にして捍く、気を食う者は神明にして寿しく、穀を食う者は智恵にして巧みに、食わざる者は死せずして神なり。故に曰わく、羽虫三百六十有り、而して鳳これが長と為り、毛虫三百六十有り、而して麟これが長と為り、甲虫三百六十有り、而して亀これが長と為り、鱗虫三百六十有りて龍これが長と為り、裸虫三百六十有りて人これが長と為る、と。此れ幹枝の美なり。』殊形異類の数、王者は動くに必ず道を以て動き、静かなるに必ず道を以て静かに、必ず理に順いて天地の性を奉じて、その主る所を害せず、これを仁聖と謂うか。」子夏言い終わりて出づ。子貢進みて曰わく、「商の論や、何如。」孔子曰わく、「汝は何とか謂う。」対えて曰わく、「微なれば則ち微なり、然れども則ち治世の待つ所に非ざるなり。」孔子曰わく、「然り、各々その能くする所なり。」
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孔子家語・五儀解哀公孔子に問いて曰く、「智者は寿か、仁者は寿か。」孔子対えて曰く、「然り。人に三死有り、而して其の命に非ざるなり、行己自ら取るなり。夫れ寝処時ならず、飲食節あらず、逸労度に過ぐる者は、疾之を共に殺す。下位に居りて上に干し、嗜欲厭くこと無くして求めて止まざる者は、刑之を共に殺す。少きを以て衆きを犯し、弱きを以て強きを侮り、忿怒類せず、動きて力を量らざる者は、兵之を共に殺す。此の三者は、死の命に非ずして、人の自ら之を取るなり。若し夫れ智士仁人は、身を将うるに節有り、動静義を以てし、喜怒時を以てし、其の性を害せず。寿を得ると雖も、亦た可ならずや。」
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伝習録・黄修易録問う、「『生を之れ性と謂う』は、告子も亦た説き得て是なり。孟子は如何ぞ之を非とするか」と。先生曰く、「固より是れ性なり。但だ告子は認め得ること一辺に去り了りて、頭脳を暁り得ず。若し頭脳を暁り得ば、此くの如く説くも亦た是なり。孟子も亦た曰く、『形色は、天性なり』と。這れも也(また)是れ気を指して説くなり」と。又た曰く、「凡そ人、口に信(まか)せて説き、意に任せて行い、皆な此れは是れ我が心性に依りて出で来たると説く。此れは是れ所謂る生を之れ性と謂うなり。然れども却って過差有るを要す。若し頭脳を暁り得て、吾が良知の上に依りて説き出だし来たり、行い将ち去らば、便ち自ら是れ停当ならん。然れども良知も亦た只だ是れ這の口に説き、這の身に行う。豈に能く気を外にして、別に個の去きて行い去きて説く有らんや。故に曰く、『性を論じて気を論ぜざれば、備わらず。気を論じて性を論ぜざれば、明らかならず』と。気も亦た性なり。性も亦た気なり。但だ須らく頭脳の是当なるを認め得べし」と。
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説苑・雜言魯の哀公、孔子に問いて曰く、「智者は寿ぶるか」と。孔子曰く、「然り。人に三死有りて命に非ざる者は、人自ら之を取るなり。夫れ寝処時ならず、飲食節ならず、佚労度を過ぐる者は、疾共に之を殺す。下位に居りて上其の君に忤らい、嗜欲厭くこと無くして、求めて止まざる者は、刑共に之を殺す。少きを以て衆を犯し、弱きを以て強きを侮り、忿怒力を量らざる者は、兵共に之を殺す。此の三者は、命に非ざるなり、人自ら之を取るなり。詩に云う、『人にして儀無くんば、死せずして何を為さん』と。此を之れ謂うなり」と。