孔子家語 / 五儀解
哀公問於孔子曰:「智者壽乎?仁者壽乎?」孔子對曰:「然。人有三死,而非其命也,行己自取也。夫寢處不時,飲食不節,逸勞過度者,疾共殺之。居下位而上-干-其君,嗜欲無厭而求不止者,刑共殺之。以少犯眾,以弱侮強,忿怒不類,動不量力者,兵共殺之。此三者,死非命也,人自取之。若夫智士仁人,將身有節,動靜以義,喜怒以時,無害其性;雖得壽焉,不亦可乎?」
新字:哀公問於孔子曰:「智者寿乎?仁者寿乎?」孔子対曰:「然。人有三死,而非其命也,行己自取也。夫寝処不時,飲食不節,逸労過度者,疾共殺之。居下位而上-干-其君,嗜欲無厭而求不止者,刑共殺之。以少犯衆,以弱侮強,忿怒不類,動不量力者,兵共殺之。此三者,死非命也,人自取之。若夫智士仁人,将身有節,動静以義,喜怒以時,無害其性;雖得寿焉,不亦可乎?」
書き下し
哀公孔子に問いて曰く、「智者は寿か、仁者は寿か。」孔子対えて曰く、「然り。人に三死有り、而して其の命に非ざるなり、行己自ら取るなり。夫れ寝処時ならず、飲食節あらず、逸労度に過ぐる者は、疾之を共に殺す。下位に居りて上に干し、嗜欲厭くこと無くして求めて止まざる者は、刑之を共に殺す。少きを以て衆きを犯し、弱きを以て強きを侮り、忿怒類せず、動きて力を量らざる者は、兵之を共に殺す。此の三者は、死の命に非ずして、人の自ら之を取るなり。若し夫れ智士仁人は、身を将うるに節有り、動静義を以てし、喜怒時を以てし、其の性を害せず。寿を得ると雖も、亦た可ならずや。」
現代語訳
哀公が孔子に「智者は長寿を得るのでしょうか、それとも仁者が長寿を得るのでしょうか」と尋ねると、孔子は答えた。「その通り、両者とも長寿を得ます。人には三つの死に方があり、それは天命によるものではなく、自分自身の行いが招くものです。寝起きの時間が不規則で、飲食に節度がなく、休息と労働の均衡を大きく崩す者は、病がその者を死に至らしめます。低い地位にいながら上位の者に干渉し、欲望が尽きることなく求め続けて止まらない者は、刑罰がその者を死に至らしめます。少数でありながら多数に立ち向かい、弱いくせに強い者を侮り、怒りに理性を失い、自分の力量を量らずに軽率に動く者は、武力がその者を死に至らしめます。これら三つは、天命による死ではなく、その人自身が招いたものです。もし智恵ある士や仁徳ある人であれば、身の処し方に節度があり、動くにも静かにするにも道義に従い、喜怒の感情も時宜にかなっており、自分の生まれ持った性質を損なうことがありません。そうであれば、長寿を得ることもまた、当然のことではないでしょうか。」
解説

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