孔子家語 / 執轡
古者天子常以季冬考德正法,以觀治亂。德盛者,治也;德薄者,亂也。故天子考德,則天下之治亂,可坐廟堂之上而知之。夫德盛則法修,德不盛則飭,法與政咸德而不衰。故曰王者又以孟春論之德及功能。能德法者為有德,能行德法者為有行,能成德法者為有功,能治德法者為有智。故天子論吏而德法行,事治而功成。夫季冬正法,孟春論吏,治國之要。」
新字:古者天子常以季冬考徳正法,以観治乱。徳盛者,治也;徳薄者,乱也。故天子考徳,則天下之治乱,可坐廟堂之上而知之。夫徳盛則法修,徳不盛則飭,法与政咸徳而不衰。故曰王者又以孟春論之徳及功能。能徳法者為有徳,能行徳法者為有行,能成徳法者為有功,能治徳法者為有智。故天子論吏而徳法行,事治而功成。夫季冬正法,孟春論吏,治国之要。」
書き下し
古の天子は常に季冬を以て徳を考え法を正し、以て治乱を観る。徳盛んなる者は治まるなり、徳薄き者は乱るるなり。故に天子徳を考うれば、則ち天下の治乱、廟堂の上に坐して知るべし。夫れ徳盛んなれば則ち法修まり、徳盛んならざれば則ち飭む、法と政と咸な徳にして衰えず。故に曰わく、王者は又た孟春を以て其の徳及び功能を論ず、と。能く徳法する者を有徳と為し、能く徳法を行う者を有行と為し、能く徳法を成す者を有功と為し、能く徳法を治むる者を有智と為す。故に天子吏を論じて徳法行われ、事治まりて功成る。夫れ季冬に法を正し、孟春に吏を論ずるは、国を治むるの要なり。」
現代語訳
昔の天子は、常に季冬(冬の末)に徳を吟味し法を正して、治まっているか乱れているかを観察しました。徳が盛んな者のところは治まり、徳が薄い者のところは乱れます。だから天子が徳を吟味すれば、天下が治まっているか乱れているかは、廟堂に座ったままで知ることができるのです。そもそも徳が盛んであれば法もよく整い、徳が盛んでなければ手を入れて正します。こうして法と政治はいずれも徳に基づき、衰えることがありません。だからこう言うのです。「王たる者は、さらに孟春(春の初め)にこれを論じ、徳とその功績・能力を評価する」と。よく徳と法を身につけている者を「有徳」とし、よく徳と法を実行する者を「有行」とし、よく徳と法を成し遂げる者を「有功」とし、よく徳と法を治め用いる者を「有智」とします。だから天子が役人を評価すれば徳と法が実際に行われ、事業が治まって功績が成し遂げられるのです。そもそも季冬に法を正し、孟春に役人を評価することこそ、国を治める要諦なのです。」