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孔子家語 / 執轡

古之御天下者,以六官總治焉。冢宰之官以成道,司徒之官以成德,宗伯之官以成仁,司馬之官以成聖,司寇之官以成義,司空之官以成禮。六官在手以為轡,均仁以為納,故曰御四馬者,執六轡;御天下者,正六官。是故善御馬者,正身以總轡,均馬力,齊馬心,回旋曲折,唯其所之。故可以取長道,可赴急疾。此聖人所以御天地與人事之法則也。天子以內史為左右手,以六官為轡。已而與三公為執六官,均五教,齊五法。故亦唯其所引,無不如志,以之道則國治,以之德則國安,以之仁則國和,以之聖則國平,以之禮則國安,以之義則國義,此御政之術。

新字:古之御天下者,以六官総治焉。冢宰之官以成道,司徒之官以成徳,宗伯之官以成仁,司馬之官以成聖,司寇之官以成義,司空之官以成礼。六官在手以為轡,均仁以為納,故曰御四馬者,執六轡;御天下者,正六官。是故善御馬者,正身以総轡,均馬力,斉馬心,回旋曲折,唯其所之。故可以取長道,可赴急疾。此聖人所以御天地与人事之法則也。天子以內史為左右手,以六官為轡。已而与三公為執六官,均五教,斉五法。故亦唯其所引,無不如志,以之道則国治,以之徳則国安,以之仁則国和,以之聖則国平,以之礼則国安,以之義則国義,此御政之術。

書き下し

古の天下を御する者は、六官を以て総治す。冢宰の官は以て道を成し、司徒の官は以て徳を成し、宗伯の官は以て仁を成し、司馬の官は以て聖を成し、司寇の官は以て義を成し、司空の官は以て礼を成す。六官手に在りて以て轡と為し、仁を均しくして以て納と為す。故に曰わく、四馬を御する者は六轡を執り、天下を御する者は六官を正す、と。是の故に善く馬を御する者は、身を正して轡を総べ、馬力を均しくし、馬心を斉え、回旋曲折、唯だその之く所のままなり。故に以て長道を取るべく、以て急疾に赴くべし。此れ聖人の天地と人事とを御する所以の法則なり。天子は内史を以て左右の手と為し、六官を以て轡と為す。已にして三公と六官を執るを為し、五教を均しくし、五法を斉う。故に亦た唯だその引く所のままにして、志の如くならざる無く、これを道を以てすれば則ち国治まり、これを徳を以てすれば則ち国安んじ、これを仁を以てすれば則ち国和し、これを聖を以てすれば則ち国平らかに、これを礼を以てすれば則ち国安んじ、これを義を以てすれば則ち国義しく、此れ政を御するの術なり。

現代語訳

昔、天下を治めた者は、六官によって全体を治めました。冢宰(宰相)の官は道を成し、司徒の官は徳を成し、宗伯の官は仁を成し、司馬の官は聖を成し、司寇の官は義を成し、司空の官は礼を成します。この六官を手に握って手綱とし、仁を均等に用いてその手綱の元締めとします。だからこう言うのです。「四頭の馬を御する者は六本の手綱を執り、天下を御する者は六官を正す」と。このように、馬を御するのが上手な者は、自分の姿勢を正して手綱をまとめ、馬の力を均等にし、馬の心を調え、右に回り左に曲がるのも思いのままです。だからこそ長い道のりも行くことができ、急ぎの用にも駆けつけられるのです。これこそ聖人が天地と人の営みとを御する法則です。天子は内史を左右の手とし、六官を手綱とします。さらに三公とともに六官を掌握し、五教(五つの教え)を均等にし、五法を調えます。だからこそ、思いのままに手綱を引いても志のとおりにならないことはなく、道によって治めれば国は治まり、徳によって治めれば国は安んじ、仁によって治めれば国は和し、聖によって治めれば国は平らかになり、礼によって治めれば国は安んじ、義によって治めれば国は正しくなります。これが政治を行う要諦です。

解説

御者が六本の手綱で馬車を操るように、天子は冢宰・司徒・宗伯・司馬・司寇・司空という六官を「六轡(六本の手綱)」として掌握し、それぞれに道・徳・仁・聖・義・礼という異なる価値の実現を分担させるという統治構想が説かれます。単一の官だけに頼るのではなく、複数の役割を組み合わせて全体を統御する発想は、後の六官制度(周礼)の理念にも通じます。一人の指導者がすべてを直接担うのではなく、機能ごとに役割分担をした組織を通じて理念を実現するという考え方は、現代の組織設計にも通じる普遍的な知恵といえるでしょう。

この章句が説くこと

六官冢宰司徒司空御政の術

この一句を、あなたの毎日に。

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