孔子家語 / 五帝
康子曰:「如此之言,帝王改號於五行之德,各有所統,則其所以相變者,皆主何事?」孔子曰:「所尚則各從其所王之德次焉。夏後氏以金德王,色尚黑,大事歛用昏,戎事乘驪,牲用玄;殷人用水德王,色尚白,大事歛用日中,戎事乘翰,牲用白;周人以木德王,色尚赤,大事歛用日出,戎事乘騵,牲用骍。此三代之所以不同。」康子曰:「唐虞二帝,其所尚者何色?」孔子曰:「堯以火德王,色尚黃。舜以土德王,色尚青。」
新字:康子曰:「如此之言,帝王改号於五行之徳,各有所統,則其所以相変者,皆主何事?」孔子曰:「所尚則各従其所王之徳次焉。夏後氏以金徳王,色尚黒,大事歛用昏,戎事乗驪,牲用玄;殷人用水徳王,色尚白,大事歛用日中,戎事乗翰,牲用白;周人以木徳王,色尚赤,大事歛用日出,戎事乗騵,牲用骍。此三代之所以不同。」康子曰:「唐虞二帝,其所尚者何色?」孔子曰:「堯以火徳王,色尚黄。舜以土徳王,色尚青。」
書き下し
康子曰わく、「此くの如きの言ならば、帝王の号を五行の徳に改むるに、各々統ぶる所有り。則ちその相変わる所以は、皆何事をか主とするや。」孔子曰わく、「尚ぶ所は則ち各々その王たる所の徳の次に従う。夏后氏は金徳を以て王たり、色は黒を尚び、大事の斂は昏を用い、戎事は驪に乗り、牲は玄を用う。殷人は水徳を用いて王たり、色は白を尚び、大事の斂は日中を用い、戎事は翰に乗り、牲は白を用う。周人は木徳を以て王たり、色は赤を尚び、大事の斂は日出を用い、戎事は騵に乗り、牲は騂を用う。此れ三代の同じからざる所以なり。」康子曰わく、「唐虞の二帝は、その尚ぶ所は何色ぞや。」孔子曰わく、「堯は火徳を以て王たり、色は黄を尚ぶ。舜は土徳を以て王たり、色は青を尚ぶ。」
現代語訳
康子が尋ねた。「そうであるならば、帝王が五行の徳によって号を改めるとき、それぞれに統べる行が定まっているわけですが、王朝ごとに移り変わる根拠は、いったい何が主となっているのですか。」孔子は答えた。「尊ぶところは、それぞれ自らが王となった徳の順序に従います。夏后氏は金の徳をもって王となったので黒を尊び、大事(葬礼)の納棺は夕暮れに行い、軍事には黒毛の馬に乗り、犠牲には黒毛の獣を用いました。殷の人は水の徳をもって王となったので白を尊び、納棺は真昼に行い、軍事には白馬に乗り、犠牲には白い獣を用いました。周の人は木の徳をもって王となったので赤を尊び、納棺は日の出時に行い、軍事には赤毛の馬に乗り、犠牲には赤毛の獣を用いました。これが夏・殷・周の三代が異なる理由です。」康子はさらに尋ねた。「唐(堯)・虞(舜)の二帝は、何色を尊んだのですか。」孔子は答えた。「堯は火の徳をもって王となったので黄色を尊び、舜は土の徳をもって王となったので青色を尊びました。」
解説
この章句が説くこと
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孔子家語・五帝康子曰わく、「陶唐・有虞・夏后・殷周は独り五帝に配せられず。意うにその徳、上古に及ばざるか、将た限り有るか。」孔子曰わく、「古え、水土を平治し、及び百谷を播殖する者衆し。唯だ句龍氏のみ兼ねて社に食せられ、棄は稷の神と為り、代を易えてこれを奉じ、敢えて益す者無し。与に等しかるべからざるを明らかにするなり。故に太皞より以降、顓頊に逮ぶまで、その五行に応じて王たり。数は徒に五のみなるを以て五帝に配す、これその徳の以て多かるべからざればなり。」
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孔子家語・五帝季康子、孔子に問いて曰わく、「旧く五帝の名を聞くも、その実を知らず。請う問う、何をか五帝と謂うや。」孔子曰わく、「昔丘や諸を老聃に聞く、曰わく、『天に五行有り、水火金木土、時を分かちて化育し、以て万物を成す。』その神をこれ五帝と謂う。古の王者、代を易えて号を改め、法を五行に取る。五行更わる更わる王たり、終始相生じ、亦たその義に象る。故にその明王たる者、死して五行に配す、ここを以て太皞は木に配し、炎帝は火に配し、黄帝は土に配し、少皞は金に配し、顓頊は水に配す。」
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孔子家語・五帝康子曰わく、「太皞氏のその木を始めとするは何如。」孔子曰わく、「五行の事を用うるに、先ず木に起こる。木は東方にして万物の初め皆焉より出づ。ここを以て王者はこれに則り、首として木徳を以て天下に王たり。その次はすなわちその生ずる所の行を以て、転じて相承くるなり。」
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孔子家語・五帝康子曰わく、「吾聞く、句芒を木正と為し、祝融を火正と為し、蓐收を金正と為し、玄冥を水正と為し、后土を土正と為す、と。此れ則ち五行の主なるに、乱れて帝と称せざるは、何ぞや。」孔子曰わく、「凡そ五正なる者は、五行の官名なり。五行は上帝を佐け成して五帝と称す。太皞の属これに配し、亦た帝と云うは、その号に従うなり。昔、少皞氏の子に四叔有り、重と曰い、該と曰い、修と曰い、熙と曰う。実に金・木及び水に能す。重をして勾芒と為さしめ、該をして蓐收と為さしめ、修及び熙をして玄冥と為さしむ。顓頊氏の子は黎と曰い、祝融と為る。共工氏の子は、勾龍と曰い、后土と為る。此の五者、各々その能くする所の業を以て官職と為す。生きては上公と為り、死しては貴神と為り、別に五祀と称し、帝と同じきを得ず。」
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呂氏春秋・應同①凡そ帝王なる者の將に興らんとするや、天必ず先づ祥を下民に見わず。黄帝の時、天先づ大螾大螻を見わす。黄帝曰く、「土氣勝つ。」土氣勝つ、故に其の色は黄を尚び、其の事は土に則る。禹の時に及び、天先づ草木の秋冬に殺れざるを見わす。禹曰く、「木氣勝つ。」木氣勝つ、故に其の色は青を尚び、其の事は木に則る。湯の時に及び、天先づ金刃の水より生ずるを見わす。湯曰く、「金氣勝つ。」金氣勝つ、故に其の色は白を尚び、其の事は金に則る。文王の時に及び、天先づ赤烏の丹書を銜えて、周社に集まるを見わす。文王曰く、「火氣勝つ。」火氣勝つ、故に其の色は赤を尚び、其の事は火に則る。日に代わる者は必ず將に水ならんとす。天且に先づ水氣の勝つを見わさんとす。水氣勝つ、故に其の色は黒を尚び、其の事は水に則る。水氣至りて數の備わるを知らざれば、將に土に徙らんとす。天の為すは時にして、農を下に助けず。類は固より相召く。氣同じければ則ち合し、聲比すれば則ち應ず。宮を鼓すれば宮動き、角鼓すれば角動く。地を平らかにして水を注げば、水は溼に流れ、薪を均しくして火を施せば、火は燥に就く。山雲は草莽のごとく、水雲は魚鱗のごとく、旱雲は煙火のごとく、雨雲は水波のごとく、其の生ずる所に比類して以て人に示さざるは無し。故に龍を以て雨を致し、形を以て影を逐う。師の處る所は、必ず棘楚を生ず。禍福の自りて來たる所、衆人以て命と為す。安くんぞ其の所を知らん。
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『管子』五行昔者黄帝は蚩尤を得て天道に明らかに、大常を得て地利に察かに、奢龍を得て東方に辯じ、祝融を得て南方に辯じ、大封を得て西方に辯じ、后土を得て北方に辯ず。黄帝六相を得て天地治まり、神明至る。蚩尤は天道に明らかなり、故に當時と為さしむ。大常は地利に察かなり、故に廩者と為さしむ。奢龍は東方を辨ず、故に土師と為さしむ。祝融は南方を辨ず、故に司徒と為さしむ。大封は西方を辨ず、故に司馬と為さしむ。后土は北方を辨ず、故に李と為さしむ。是の故に春は土師なり、夏は司徒なり、秋は司馬なり、冬は李なり。昔黄帝は其の緩急を以て五聲を作り、以て五鍾を政む。其の五鍾に令す。一に曰く青鍾、大音。二に曰く赤鍾、重心。三に曰く黄鍾、灑光。四に曰く景鍾、其の明を昧くす。五に曰く黒鍾、其の常を隱す。五聲既に調いて、然る後に立てて五行を作り、以て天時を正し、五官以て人位を正す。人と天と調いて、然る後に天地の美生ず。