孔子家語 / 五帝
康子曰:「太皞氏其始之木何如?」孔子曰:「五行用事,先起於木。木,東方萬物之初皆出焉,是故王者則之,而首以木德王天下。其次則以所生之行,轉相承也。」
新字:康子曰:「太皞氏其始之木何如?」孔子曰:「五行用事,先起於木。木,東方万物之初皆出焉,是故王者則之,而首以木徳王天下。其次則以所生之行,転相承也。」
書き下し
康子曰わく、「太皞氏のその木を始めとするは何如。」孔子曰わく、「五行の事を用うるに、先ず木に起こる。木は東方にして万物の初め皆焉より出づ。ここを以て王者はこれに則り、首として木徳を以て天下に王たり。その次はすなわちその生ずる所の行を以て、転じて相承くるなり。」
現代語訳
康子が尋ねた。「太皞氏が木を始まりとしたのはなぜですか。」孔子は答えた。「五行が働き始めるとき、まず木から起こります。木は東方に属し、万物はみなそこから芽生え出るのです。それゆえ王者はこの道理にのっとり、最初に木の徳をもって天下に王たるのです。その後は、木が生み出す行(火)へと、順に受け継がれていきます。」
解説
五行相生の順序(木→火→土→金→水)のうち、なぜ木が最初に来るのかを問う一節です。孔子は、木が東方すなわち万物が萌え出る方角に属することを根拠に、太皞氏が木徳をもって最初の王となったと説明します。以後の王朝は、木の生み出す火、火の生み出す土というように、相生の順に徳を受け継いでいくとされます。物事には自然な始まりの順序があり、その根拠を方角や季節といった身近な自然の観察に求める発想は、抽象的な理論を具体的な現象に結びつけて説明する古代思想の特徴をよく示しています。
この章句が説くこと
五行相生太皞氏木徳東方
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