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孔子家語 / 五帝德

他日,宰我以語子貢,子貢以復孔子。子曰:「吾欲以顏狀取人也,則於滅明改矣。吾欲以言辭取人也,則於宰我改之矣。吾欲以容貌取人也,則於子張改之矣。」宰我聞之,懼。弗敢見焉。

新字:他日,宰我以語子貢,子貢以復孔子。子曰:「吾欲以顏状取人也,則於滅明改矣。吾欲以言辞取人也,則於宰我改之矣。吾欲以容貌取人也,則於子張改之矣。」宰我聞之,懼。弗敢見焉。

書き下し

他日、宰我以て子貢に語り、子貢以て孔子に復す。子曰わく、「吾顏状を以て人を取らんと欲せば、則ち滅明に於て改めたり。吾言辞を以て人を取らんと欲せば、則ち宰我に於て之を改めたり。吾容貌を以て人を取らんと欲せば、則ち子張に於て之を改めたり。」宰我之を聞きて、懼る。敢えて見えず。

現代語訳

後日、宰我はこのやり取りを子貢に語り、子貢はそれを孔子に伝え返した。先生は言った。「私が人相・容姿によって人を評価しようとすれば、澹台滅明の一件でその考えを改めさせられた。私が言葉の巧みさによって人を評価しようとすれば、宰我の一件でその考えを改めさせられた。私が見た目の立派さによって人を評価しようとすれば、子張の一件でその考えを改めさせられた。」宰我はこれを聞いて恐れ入り、あえて孔子に会おうとしなかった。

解説

五帝德篇の結びは、宰我をめぐる人物評価の失敗談で締めくくられます。孔子は、澹台滅明・宰我・子張という三人の弟子それぞれについて、人相、言葉の巧みさ、見た目の立派さという異なる基準で人を判断しようとして見誤った経験を率直に認めています。とりわけ、これまで長く鋭い質問を重ねてきた宰我自身が「言辞を以て人を取らんと欲せば、則ち宰我に於て之を改めたり」と名指しで評されたことで、宰我は恐れ入り孔子に会おうとしなくなりました。子路初見篇でも「以辭取人、則失之宰予」として同様の評が語られており、聡明な弁舌の持ち主であっても、それだけで人物の全体を測ることはできないという孔子の一貫した人物観がここでも確認できます。聖人である孔子自身も人物評価を誤ることがあったと率直に認める謙虚さが、篇全体を締めくくる印象深い一段です。

この章句が説くこと

宰我澹台滅明子張人物評価以辞取人

この一句を、あなたの毎日に。

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