孔子家語 / 顏回
顏回問於君子。孔子曰:「愛近仁,度近智。為己不重,為人不輕。君子也夫。」回曰:「敢問其次。」子曰:「弗學而行,弗思而得,小子勉之。」
新字:顏回問於君子。孔子曰:「愛近仁,度近智。為己不重,為人不軽。君子也夫。」回曰:「敢問其次。」子曰:「弗学而行,弗思而得,小子勉之。」
書き下し
顏回君子を問う。孔子曰わく、「愛は仁に近く、度は智に近し。己の為にすること重からず、人の為にすること軽からず。君子なるかな。」回曰わく、「敢えて其の次を問う。」子曰わく、「学ばずして行い、思わずして得。小子之を勉めよ。」
現代語訳
顔回が君子について尋ねた。先生は言った。「人を愛することは仁に近く、物事をよく推し量ることは智に近い。自分のためにすることは重んじすぎず、人のためにすることは軽んじない。それが君子というものだ。」顔回は言った。「あえてその次のことをお尋ねします。」先生は言った。「学ばなくとも自然に正しく行い、深く考えなくとも自然に道理を得る、それが君子の極致だ。お前たちはこれを目指して努めなさい。」
解説
君子とはどのような人物かを尋ねた顔回に、孔子が愛と度(思いやりと見識)を仁智の入り口とし、さらに自分本位にならず他者のためを軽んじない姿勢を君子の条件として示した問答です。続けて顔回がさらに上位の段階を尋ねると、孔子は「学ばずして行い、思わずして得る」という、努力を意識せずとも自然に正しく振る舞える境地を示しています。これは、初めは意識的な学びと思いやりの実践を積み重ね、それが身につくことで無理なく自然な行いへと昇華していくという、徳の習熟過程を示唆していると読めます。技能や人格の成長が、意識的な努力の段階から無意識の自然な体現へと至るという発想は、現代における熟達論にも通じる普遍的な視点です。
この章句が説くこと
顔回君子仁智自然な徳熟達
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