孔子家語 / 辯物
叔孫氏之車士曰子鉏商,采薪於大野。獲麟焉,折其前左足,載以歸,叔孫以為不祥,棄之於郭外。使人告孔子曰:「有麏而角者,何也?」孔子往觀之,曰:「麟也。胡為來哉?胡為來哉?」反袂拭面,涕泣沾衿。叔孫聞之,然後取之。子貢問曰:「夫子何泣爾?」孔子曰:「麟之至,為明王也。出非其時而害,吾是以傷焉。」
新字:叔孫氏之車士曰子鉏商,采薪於大野。獲麟焉,折其前左足,載以帰,叔孫以為不祥,棄之於郭外。使人告孔子曰:「有麏而角者,何也?」孔子往観之,曰:「麟也。胡為来哉?胡為来哉?」反袂拭面,涕泣沾衿。叔孫聞之,然後取之。子貢問曰:「夫子何泣爾?」孔子曰:「麟之至,為明王也。出非其時而害,吾是以傷焉。」
書き下し
叔孫氏の車士、子鉏商と曰う者、大野に采薪す。麟を獲、其の前左足を折り、載せて以て帰る。叔孫以て不祥と為し、之れを郭外に棄つ。人をして孔子に告げしめて曰わく、「麏有りて角ある者は、何ぞや。」孔子往きて之れを観て曰わく、「麟なり。胡為れぞ来たれるや、胡為れぞ来たれるや。」袂を反して面を拭い、涕泣衿を沾す。叔孫之れを聞き、然る後に之れを取る。子貢問いて曰わく、「夫子何ぞ泣くや。」孔子曰わく、「麟の至るは、明王の為なり。出づること其の時に非ずして害せらる、吾是を以て傷むなり。」
現代語訳
叔孫氏の御者で子鉏商という者が、大野で薪を採っていた。そこで麟を捕らえ、その前の左足を折ってしまい、車に載せて持ち帰った。叔孫氏はこれを不吉なものだと思い、城外に捨ててしまった。そして人をやって孔子に「鹿のようで角のある動物がいたのですが、これは何でしょうか」と伝えさせた。孔子は出向いてそれを見て、「麟だ。どうしてこの時に現れたのか。どうしてこの時に現れたのか」と言い、袖を返して顔を拭ったが、涙は襟を濡らすほどであった。叔孫氏はこれを聞いて、その後になってその麟を引き取った。子貢が「先生はなぜお泣きになるのですか」と尋ねると、孔子は言った。「麟が現れるのは、本来、明君が世に出るときの兆しなのだ。それが今、時ならぬときに現れて傷つけられてしまった。私はそれを悲しんでいるのだ。」
解説
この章句が説くこと
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