孔子家語 / 六本
孔子曰:「回有君子之道四焉:強於行義、弱於受諫、怵於待祿、慎於治身。史悵有男子之道三焉:不仕而敬上、不祀而敬鬼、直己而曲人。」
新字:孔子曰:「回有君子之道四焉:強於行義、弱於受諫、怵於待禄、慎於治身。史悵有男子之道三焉:不仕而敬上、不祀而敬鬼、直己而曲人。」
書き下し
孔子曰わく、「回に君子の道四つ有り。義を行うに強く、諫めを受くるに弱く、禄を待つに怵れ、身を治むるに慎む。史悵に男子の道三つ有り。仕えずして上を敬い、祀らずして鬼を敬い、己を直くして人に曲がる。」
現代語訳
孔子は言った。「顔回には君子の道が四つある。義を行うことに強く、人の諫めを素直に受け入れることに謙虚で、俸禄を受け取ることには慎重で恐れがあり、我が身を治めることに慎み深い。史悵には男子の道が三つある。仕官していなくても目上の者を敬い、祭祀をしていなくても鬼神を敬い、自分は正しくあろうとしながらも他人には角を立てず柔軟に接する。」
解説
顔回と史悵という二人の人物の美点を、それぞれ四つ・三つの徳目として簡潔にまとめた章です。顔回については、義の実践における強さと、他者の意見を受け入れる謙虚さ、報酬への慎重さ、自己修養への慎み深さという、剛と柔がバランスよく組み合わさった人物像が描かれています。史悵については、地位や祭祀といった外的な立場に関わりなく、目上への敬意や祭祀に通じる敬虔さを保ち、なおかつ自分は正しくあっても他人に対しては柔軟に接するという、原則と柔軟さを両立させる姿勢が示されています。いずれも、徳の高さは肩書きや立場ではなく、日々の心構えに表れるという教えとして読み取れます。
この章句が説くこと
顔回史悵君子の道徳目人物評
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史記 仲尼弟子列伝顔回は、魯の人なり、字は子淵。孔子より少きこと三十歳。顔淵、仁を問ふ。孔子曰く、「己に克ち礼に復る、天下仁に帰す」と。孔子曰く、「賢なるかな回や、一箪の食、一瓢の飲、陋巷に在り、人は其の憂ひに堪へず、回や其の楽しみを改めず。回や愚なるが如し、退きて其の私を省みれば、亦た以て発するに足る、回や愚ならず。之を用ふれば則ち行ひ、之を捨つれば則ち蔵る、唯我と爾とのみ是れ有るかな」と。回、年二十九、髪尽く白くして蚤く死す。孔子之を哭して慟し、曰く、「吾に回有りて自り、門人益々親しむ」と。魯の哀公問ふ、「弟子は孰をか学を好むと為すか」と。孔子対へて曰く、「顔回なる者有り、学を好み、怒りを遷さず、過ちを貮たびせず。不幸短命にして死せり。今や則ち亡し」と。
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論語 雍也篇哀公問う、弟子孰か学を好むと為す。孔子対えて曰く、顔回という者あり、学を好む。怒りを遷さず、過ちを二たびせず。不幸短命にして死せり。今は則ち亡し、未だ学を好む者を聞かざるなり。
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論語 公冶長篇子曰く、『回や、その心三月仁に違わず。其の余は則ち日月至るのみ。』
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中庸子曰く、「回(かい)の人と為(な)りや、中庸を択び、一善を得れば、則ち拳拳(けんけん)服膺(ふくよう)して之を失わず」と。
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