孔子家語 / 六本
曾子耘瓜,誤斬其根。曾皙怒建大杖以擊其背,曾子仆地而不知人。久之有頃,乃蘇,欣然而起。進於曾皙曰:「向也,參得罪於大人。大人用力教,參得無疾乎?」退而就房,援琴而歌,欲令曾皙而聞之,知其體康也。孔子聞之而怒,告門弟子曰:「參來勿內。」曾參自以為無罪,使人請於孔子。子曰:「汝不聞乎?昔瞽瞍有子曰舜。舜之事瞽瞍:欲使之,未嘗不在於側;索而殺之,未嘗可得;小棰則待過,大杖則逃走。故瞽瞍不犯不父之罪,而舜不失烝烝之孝。今參事父委身以待暴怒,殪而不避。既身死而陷父於不義,其不孝孰大焉?汝非天子之民也?殺天子之民,其罪奚若?」曾參聞之曰:「參罪大矣。」遂造孔子而謝過。
新字:曽子耘瓜,誤斬其根。曽皙怒建大杖以撃其背,曽子仆地而不知人。久之有頃,乃蘇,欣然而起。進於曽皙曰:「向也,参得罪於大人。大人用力教,参得無疾乎?」退而就房,援琴而歌,欲令曽皙而聞之,知其体康也。孔子聞之而怒,告門弟子曰:「参来勿内。」曽参自以為無罪,使人請於孔子。子曰:「汝不聞乎?昔瞽瞍有子曰舜。舜之事瞽瞍:欲使之,未嘗不在於側;索而殺之,未嘗可得;小棰則待過,大杖則逃走。故瞽瞍不犯不父之罪,而舜不失烝烝之孝。今参事父委身以待暴怒,殪而不避。既身死而陥父於不義,其不孝孰大焉?汝非天子之民也?殺天子之民,其罪奚若?」曽参聞之曰:「参罪大矣。」遂造孔子而謝過。
書き下し
曾子瓜を耘るに、誤りて其の根を斬る。曾晳怒りて大杖を建てて以て其の背を撃ち、曾子地に仆れて人を知らず。久しくして頃有り、乃ち蘇り、欣然として起つ。曾晳に進みて曰わく、「向に、参、大人に罪を得たり。大人力を用いて教う、参疾む無きを得んか。」退きて房に就き、琴を援きて歌い、曾晳をして之れを聞かしめ、其の体の康きを知らしめんと欲す。孔子之れを聞きて怒り、門弟子に告げて曰わく、「参来たるも内るる勿かれ。」曾参自ら以て罪無しと為し、人をして孔子に請わしむ。子曰わく、「汝聞かざるか。昔瞽瞍に子有り、舜と曰う。舜の瞽瞍に事うるや、之れを使わんと欲すれば、未だ嘗て側に在らざることなく、索めて之れを殺さんとすれば、未だ嘗て得可からず、小棰なれば則ち過ぐるを待ち、大杖なれば則ち逃走す。故に瞽瞍は父たらざるの罪を犯さずして、舜は烝烝の孝を失わず。今参、父に事うるに身を委ねて暴怒を待ち、殪るるも避けず。既に身死して父を不義に陥る、其の不孝孰か大ならん。汝は天子の民に非ずや。天子の民を殺さば、其の罪奚若ん。」曾参之れを聞きて曰わく、「参の罪大なり。」遂に孔子に造りて過ちを謝す。
現代語訳
曾子が瓜畑の草取りをしていて、誤ってその根を切ってしまった。父の曾晳は怒って大きな杖を振り上げてその背中を打ち、曾子は地面に倒れて意識を失った。しばらくして息を吹き返し、晴れやかな様子で立ち上がった。曾子は曾晳のもとに進み出て「先ほど、私は父上のお怒りを買いました。父上が力を込めてお教えくださいましたが、お怪我はございませんでしたか」と尋ねた。そして下がって自分の部屋に入り、琴を弾いて歌い、曾晳にそれを聞かせることで自分の体が無事であることを知らせようとした。孔子はこの話を聞いて怒り、門下の弟子たちに「参(曾子)が来ても中に入れるな」と告げた。曾参は自分に罪はないと思い、人をやって孔子に真意を尋ねさせた。孔子は言った。「お前は聞いたことがないのか。昔、瞽瞍には舜という子がいた。舜は瞽瞍に仕えるとき、用があって呼ばれればいつも傍らに控えていたが、探し出して殺そうとされたときには決して捕まらないようにした。小さな鞭で打たれるときはそのまま受けて過ぎるのを待ったが、大きな杖で打たれそうになると逃げた。だから瞽瞍は父として許されない罪を犯すことにならず、舜も途切れることのない孝を失わずに済んだ。ところが今、参は父に仕えるのに我が身を投げ出して激しい怒りをそのまま受け、打ち殺されそうになっても避けようとしなかった。もし本当に死んでいれば、父を不義に陥れることになる。これほど大きな不孝があろうか。お前は天子の民ではないのか。天子の民を殺せば、その罪はどれほどのものになると思うのか。」曾参はこれを聞いて「私の罪は大きゅうございました」と言い、そこで孔子のもとへ行って過ちを謝った。
解説

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『翁問答』上卷之本体充問曰庶人の孝行はいかゞ。師の曰農工商何れも其所作を能勤め怠らず財穀を貯へ、むざと費やさず身持心立能慎み、公儀を恐れて法度に背かず、我身子の事をば第二とし、父母の衣服食物を第一に思ひ入、心力を尽して及ぬきはをも調へて父母の受悦ぶ様にもてなして能く養ふは庶人の孝なり。体充問曰五等の孝の内、只庶人に計り父母を養ふと説給ふは、如何なる故にて候や。師の曰士より上は財乏しからず養ふ事は云ふに及はず、庶人は財乏しくして、充分に心を苦しめ力を尽さゞれば、衣服食物足らざる故に、庶人に計り養ひを説給ふ五等皆其位の内にて第一重き所を取りて、説給ふ道理は皆相通するなり、能く体認すべし。
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