孔子家語 / 六本
孔子曰:「良藥苦於口,而利於病;忠言逆於耳,而利於行。湯武以諤諤而昌,桀紂以唯唯而亡。君無爭臣,父無爭子,兄無爭弟,士無爭友;無其過者,未之有也。故曰:『君失之,臣得之。父失之,子得之。兄失之,弟得之。己失之,友得之。』是以國無危亡之兆,家無悖亂之惡,父子兄弟無失,而交友無絕也。」
新字:孔子曰:「良薬苦於口,而利於病;忠言逆於耳,而利於行。湯武以諤諤而昌,桀紂以唯唯而亡。君無争臣,父無争子,兄無争弟,士無争友;無其過者,未之有也。故曰:『君失之,臣得之。父失之,子得之。兄失之,弟得之。己失之,友得之。』是以国無危亡之兆,家無悖乱之悪,父子兄弟無失,而交友無絶也。」
書き下し
孔子曰わく、「良薬は口に苦くして病に利あり、忠言は耳に逆らいて行いに利あり。湯武は諤諤を以て昌え、桀紂は唯唯を以て亡ぶ。君に争臣無く、父に争子無く、兄に争弟無く、士に争友無くして、其の過ち無き者は、未だ之れ有らざるなり。故に曰わく、『君之れを失えば、臣之れを得。父之れを失えば、子之れを得。兄之れを失えば、弟之れを得。己之れを失えば、友之れを得。』是を以て国に危亡の兆し無く、家に悖乱の悪無く、父子兄弟に失無くして、交友絶ゆる無きなり。」
現代語訳
孔子は言った。「良薬は口に苦いが病には効き、忠告は耳に痛いが行いには役立つ。殷の湯王・周の武王は率直に諫める者があったからこそ栄え、夏の桀王・殷の紂王はただ「はい、はい」と従うだけの者しかいなかったから滅んだ。君主に諫める臣下がなく、父に諫める子がなく、兄に諫める弟がなく、士に諫める友がなければ、過ちを犯さずに済んだ者はいまだかつていない。だから言う。『君主が見落としたことは臣下が気づき、父が見落としたことは子が気づき、兄が見落としたことは弟が気づき、自分が見落としたことは友が気づいてくれる』と。こうしてこそ国に危うく滅びる兆しがなく、家に道に外れた悪事がなく、父子兄弟の間に過ちがなく、友との交わりも絶えることがないのである。」
解説

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『十善法語』巻第十・不邪見戒之上又喩ヘテ云ハ。賢君明主ハ忠臣ヲ信任シ。諫言ヲ用ル如クシヤ。漢ノ高祖カ諫ニ従フコト流ノ如ク。唐ノ太宗ノ魏徴カ苦諫ノ言ヲ用ヒアリシ類。ソノ如ク。正法ノ因縁アル者ハ必ス不邪見戒ニ随順スルシヤ。此ニ反シテ宿福ナキ者ハ。智者モ愚者モ。学者モ不学者モ仏アルコトヲ信セヌ。法アルコトヲ信セヌ。聖賢アルコトヲ信セヌ。神祇有コトヲ信セヌ。善悪報応有コトヲ信セヌシヤ。
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言志四録・言志録 第七十条 諫めは誠意に在り凡そ人を諫めんと欲するには、唯だ一団の誠意の言に溢るる有るのみ。苟くも一忿疾の心を挟まば、諫め決して入らず。
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