孔子家語 / 弟子行
齊莊而能肅,誌通而好禮。擯相兩君之事,篤雅有節,是公西赤之行也。子曰:『禮經三百,可勉能也,』威儀三千則難也。公西赤問曰:『何謂也?』子曰:『貌以儐禮,禮以儐辭,是謂難焉。』眾人聞之,以為成也。孔子語人曰:『當賓客之事,則達矣。」謂門人曰:『二三子之欲學賓客之禮者,其於赤也。滿而不盈,實而如虛,過之如不及,先王難之。』
新字:斉荘而能粛,誌通而好礼。擯相両君之事,篤雅有節,是公西赤之行也。子曰:『礼経三百,可勉能也,』威儀三千則難也。公西赤問曰:『何謂也?』子曰:『貌以儐礼,礼以儐辞,是謂難焉。』衆人聞之,以為成也。孔子語人曰:『当賓客之事,則達矣。」謂門人曰:『二三子之欲学賓客之礼者,其於赤也。満而不盈,実而如虚,過之如不及,先王難之。』
書き下し
齊莊にして能く肅、誌通じて禮を好む。兩君の事を擯相し、篤雅にして節有り、是れ公西赤の行なり。子曰わく、『禮經三百、勉めて能くす可きも、』威儀三千は則ち難きなり。公西赤問いて曰わく、『何の謂いぞや。』子曰わく、『貌以て禮を儐し、禮以て辭を儐す、是れを難しと謂う。』衆人之を聞き、以て成れりと為す。孔子人に語りて曰わく、『賓客の事に當たれば、則ち達す。』門人に謂いて曰わく、『二三子の賓客の禮を學ばんと欲する者は、其れ赤に於いてせよ。滿ちて盈たず、實にして虛しきが如く、之に過ぐるも及ばざるが如し、先王も之を難しとせり。』
現代語訳
威儀を保ちながらも厳粛であり、志は物事に通じ礼を好む。両国の君主の間で応対役を務め、篤実で優雅、節度がある。これが公西赤の人となりである。孔子は言った。『礼の経典三百条は努力すれば身につけられるが』、立ち居振る舞いの細かな作法三千条を体得するのは難しい。公西赤が尋ねた。『どういうことでしょうか。』孔子は言った。『表情によって儀礼の心を表し、言葉によって儀礼の意味を表す。それが難しいということだ。』人々はこれを聞いて、公西赤はその域に達していると評した。孔子は人に語って言った。『賓客をもてなす事にかけては、彼は通暁している。』そして門人たちに言った。『諸君の中で賓客をもてなす礼を学びたい者は、赤に学ぶがよい。満ちていながらあふれず、充実していながら虚ろであるかのように見え、行き過ぎているようで実は及ばないかのように見える。これは昔の聖王でさえ難しいとしたことなのだ。』
解説

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『武士道』第六章 禮儀・絶えず移りゆく流行を追う愚宜なり、衣食足りて礼節を知ると謂ひ、又たヴェブレン氏が多趣味の著『有閑階級論』に於て、礼は『有閑階級者の生活の産む所にして、又た之を表するものなり』と云ふこと。欧人ややもすれば我が礼儀の委曲繊巧に流るるを嗤ひ、思慮を役する大にして、之を固守すること其愚及ぶべからずと評す。予も亦た礼儀の繁縟なるよりして、徒に無用の細節に泥むことあるを知る。されど、泰西の絶えず移りゆく流行を追ふの愚に比するに、予は、にはかに其優劣を判ずるに苦しむものなり。然るに予は彼の流行すらも、なお之を目して、虚栄の癖好なりとせざるのみならず、反つて之を認めて、人心の断えず美を慕ふ所以なりとす。されば何すれぞ、繊巧なる儀礼を以て全く取るに足らずとせんや。