孔子家語 / 三恕
伯常騫問於孔子曰:「騫固周國之賤吏也,不自以不肖,將北面以事君子,敢問正道宜行,不容於世,隱道宜行,然亦不忍,今欲身亦不窮,道亦不隱,為之有道乎?」孔子曰:「善哉子之問也。自丘之聞,未有若吾子所問辯且說也。丘嘗聞君子之言道矣,聽者無察,則道不入,奇偉不稽,則道不信。又嘗聞君子之言事矣,制無度量,則事不成,其政曉察,則民不保。又嘗聞君子之言志矣,折者不終,徑易者則數傷,浩倨者則不親,就利者則無不弊。又嘗聞養世之君子矣,從輕勿為先,從重勿為後,見像而勿強,陳道而勿怫。此四者,丘之所聞也。」
新字:伯常騫問於孔子曰:「騫固周国之賤吏也,不自以不肖,将北面以事君子,敢問正道宜行,不容於世,隠道宜行,然亦不忍,今欲身亦不窮,道亦不隠,為之有道乎?」孔子曰:「善哉子之問也。自丘之聞,未有若吾子所問弁且説也。丘嘗聞君子之言道矣,聴者無察,則道不入,奇偉不稽,則道不信。又嘗聞君子之言事矣,制無度量,則事不成,其政暁察,則民不保。又嘗聞君子之言志矣,折者不終,径易者則数傷,浩倨者則不親,就利者則無不弊。又嘗聞養世之君子矣,従軽勿為先,従重勿為後,見像而勿強,陳道而勿怫。此四者,丘之所聞也。」
書き下し
伯常騫孔子に問いて曰わく、「騫固より周国の賤吏なり、自ら不肖とせず、将に北面して以て君子に事えんとす。敢えて問う、正道行うに宜しくして世に容れられず、隠道行うに宜しくして然れども亦忍びず、今身も亦窮せず、道も亦隠れざらんと欲す、之を為すに道有りや。」 孔子曰わく、「善いかな、子の問いや。丘の聞くより、未だ吾が子の問う所の辯じて且つ説くが若き者有らざるなり。丘嘗て君子の道を言うを聞く、聴く者察する無ければ、則ち道入らず、奇偉稽えずんば、則ち道信ぜられず。又嘗て君子の事を言うを聞く、制に度量無ければ、則ち事成らず、其の政曉察なれば、則ち民保たれず。又嘗て君子の志を言うを聞く、折るる者は終えず、径易なる者は則ち数々傷き、浩倨なる者は則ち親しまれず、利に就く者は則ち弊せざる無し。又嘗て世を養うの君子を聞く、軽きに従いて先と為る勿かれ、重きに従いて後と為る勿かれ、像を見て強うる勿かれ、道を陳べて怫る勿かれ。此の四者は、丘の聞く所なり。」
現代語訳
伯常騫が孔子に尋ねた。「私はもともと周の卑しい役人にすぎませんが、自分を才能がないとは思っておらず、北を向いて君子に仕えようとしております。お尋ねしますが、正しい道を行おうとすれば世に受け入れられず、隠れて道を行おうとすればそれも忍びない。今、我が身も困窮させず、道もまた隠さないようにしたいのですが、そのための方法はありますか。」 孔子は言った。「よい質問だ。私がこれまで聞いた中で、あなたのこの問いほど筋道が通っていて、しかもよく説き明かされているものはなかった。私はかつて、君子の『道』についてこう聞いたことがある。聞く者によく見極める力がなければ、道は入っていかない。奇抜で立派すぎることを実証しなければ、道は信じてもらえない。また、君子の『事』についてこう聞いたことがある。物事に節度と限度がなければ、事は成し遂げられない。政治があまりに細かく詮索的であれば、民は落ち着いていられない。また、君子の『志』についてこう聞いたことがある。すぐに折れる者は最後までやり遂げられず、安易な道を選ぶ者はたびたび傷つき、傲慢でおごり高ぶる者は人に親しまれず、利益ばかりを追う者は弊害を招かないことがない。また、世を治め養う君子について、こう聞いたことがある。軽々しいことに従って先頭に立とうとするな、重大なことに従って後れを取るな、物事の兆しを見ても無理強いするな、道理を述べても人にさからうな。この四つが、私がこれまで聞いてきたことだ。」
解説

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