孔子家語 / 致思
孔子將行,雨而無蓋。門人曰:「商也有之。」孔子曰:「商之為人也,甚恡於財,吾聞與人交,推其長者,違其短者,故能久也。」
新字:孔子将行,雨而無蓋。門人曰:「商也有之。」孔子曰:「商之為人也,甚恡於財,吾聞与人交,推其長者,違其短者,故能久也。」
書き下し
孔子将に行かんとして、雨ふりて蓋無し。門人曰わく、「商や之有り。」 孔子曰わく、「商の人と為るや、甚だ財に恡し。吾人と交わるに、其の長ずる所を推し、其の短なる所を違くと聞く、故に能く久しきなり。」
現代語訳
孔子が出かけようとすると、雨が降ってきたが車の覆いがなかった。門人が言った。「子夏(商)が持っています。」 孔子は言った。「商(子夏)という人物は、財貨をとても惜しむ性格だ。私は人と交わるときには、その人の長所を推し量って生かし、短所には触れないようにすると聞いている。だからこそ長く交わりを保てるのだ。」
解説
雨の中、車の覆いを借りようとする場面で、孔子が弟子の子夏について語った短い言葉です。子夏は財貨を惜しむ性格であることを孔子は承知していながら、それを非難するのではなく、あえて指摘せず受け流す姿勢を示しています。人と長く良い関係を保つ秘訣として、相手の長所を伸ばし短所には深入りしないという原則を、自らの態度で示している点が印象的です。誰にでも長所と短所があるという前提に立ち、短所を責め立てるのではなく長所を活かす関わり方を選ぶことは、現代の人間関係やチーム運営においても実践的な知恵といえるでしょう。
この章句が説くこと
子夏人との交わり長所短所寛容
関連する章句
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説苑・雜言孔子将に行かんとするに、蓋無し。弟子曰く、「子夏に蓋有り、以て行く可し」と。孔子曰く、「商の人と為りや、甚だ財に短し。吾聞く、人と交わる者は、其の長ずる所を推し、其の短なる所を違く、故に能く久長なりと」と。
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孔子家語・弟子行送迎必ず敬み、上に交わり下に接すること截するが若し、是れ卜商の行なり。孔子之を說くに詩を以て曰わく、『式て夷らかに式て已めよ、小人に殆うくする無かれ。商の若きは、其れ險ならずと謂う可し。』
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孔子家語・好生孔子子路に謂いて曰わく、「長者を見て其の辞を尽くさずんば、風雨有りと雖も、吾其の門に入る能わず。故に君子は其の能くする所を以て人を敬い、小人は是に反す。」
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史記 仲尼弟子列伝公冶長、斉人、字は子長。孔子曰く、「長は妻はす可きなり、累紲の中に在りと雖も、其の罪に非ざるなり」と。其の子を以て之に妻はす。南宮括、字は子容。孔子に問ひて曰く、「羿は射を善くし、奡は舟を盪かすも、俱に其の死を得ず、禹・稷は躬ら稼して天下を有つ」と。孔子答へず。容出づ。孔子曰く、「君子なるかな若き人、上徳なるかな若き人」と。「国道有れば廃せられず、国道無くして刑戮を免る」と。三たび白珪の玷を復す。其の兄の子を以て之に妻はす。公皙哀、字は季次。孔子曰く、「天下行無く、多く家臣と為り都に仕ふ、唯季次のみ未だ嘗て仕へず」と。曾蒧、字は皙。孔子に侍る。孔子曰く、「爾の志を言へ」と。蒧曰く、「春服既に成り、冠者五六人、童子六七人、沂に浴し、舞雩に風し、詠じて帰らん」と。孔子喟爾として嘆じて曰く、「吾は蒧に与せん」と。
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史記 仲尼弟子列伝卜商、字は子夏。孔子より少きこと四十四歳。子夏問ふ、「巧笑倩たり、美目盼たり、素以て絢と為すとは、何の謂ぞや」と。子曰く、「絵の事は素より後にす」と。曰く、「礼は後か」と。孔子曰く、「商や始めて与に詩を言ふ可きのみ」と。子貢問ふ、「師と商と孰れか賢なる」と。子曰く、「師や過ぎ、商や及ばず」と。「然らば則ち師愈れるか」と。曰く、「過ぎたるは猶ほ及ばざるがごとし」と。子、子夏に謂ひて曰く、「汝は君子の儒と為れ、小人の儒と為る無かれ」と。孔子既に没し、子夏西河に居りて教授し、魏の文侯の師と為る。其の子死し、之を哭して明を失ふ。