孔子家語 / 致思
曾子曰:「入是國也:言信於群臣,而留可也;見忠於卿大夫,則仕可也;澤施於百姓,則富可也。」孔子曰:「參之言此可謂善安身矣。」
新字:曽子曰:「入是国也:言信於群臣,而留可也;見忠於卿大夫,則仕可也;沢施於百姓,則富可也。」孔子曰:「参之言此可謂善安身矣。」
書き下し
曾子曰わく、「是の国に入るや、言群臣に信ぜられば、留まる可きなり。忠卿大夫に見わるれば、則ち仕う可きなり。沢百姓に施さば、則ち富む可きなり。」 孔子曰わく、「參の此を言うは善く身を安んずと謂う可し。」
現代語訳
曾子が言った。「ある国に入ったとき、自分の言葉が群臣に信頼されるなら、そこに留まってよい。自分の忠義が卿・大夫たちに認められるなら、そこに仕えてよい。恩恵が民衆にまで行き渡っているなら、その国を豊かにすることに携わってよい。」 孔子は言った。「參(曾子)がこう言うのは、身の処し方をよく心得ていると言えるだろう。」
解説
曾子が、ある国に仕えるかどうかを判断する基準を三つ挙げた言葉です。自分の言葉が信用されているか、自分の誠実さが上の者に認められているか、そしてその国の恩恵が末端の民衆にまで及んでいるか。この三つがそろって初めて、その国に留まり仕える価値があるとしています。孔子はこれを「善く身を安んず」と評価しており、自分の理想を無条件に貫くのではなく、置かれた環境が自分の力を発揮するにふさわしいかどうかを冷静に見極める姿勢を評価しています。組織やコミュニティに関わる際、そこでの自分の言葉や働きがどう受け止められているかを見極めることの大切さを教えてくれる言葉です。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
曽子出処進退信忠安身
関連する章句
-
『弁名』忠信程子曰く、「己を尽くす之を忠と謂ひ、実を以てする之を信と謂ふ」と。此れ彼の「忠信を主とす」等の言を見て、徒らに人の為に謀り人と言ふ者を以て之を言ふは狭きに嫌ありと謂ふ。故に是の解を作す。亦た先王の道は民を安んずる為に之を設くるを知らずして、動もすれば諸を己に求むる故のみ。且つ己を尽くすは未だ以て忠の字の義を尽くすに足らず。今人の宋儒の学を為す者は、人の為に謀りて聴かれざれば、則ち多く皆舎て去りて、復た之を顧みず。我既に我が心を尽くせりと曰ふ。是れ忠の字に懇到周悉の意有るを知らざる故なり。実を以てするも亦た信の字の義に非ず。程子は動もすれば諸を心に求む、故に是の解を作すのみ。古は止だ言語の上に就きて之を言ふ。豈に必ずしも諸を心に求めんや。
-
『慎思録』巻之一朱子曰く、君臣は是れ義合なり。世の人便ち苟且を得易し。故に此に於て忠を説く。是れ足らざる処に就きて説くと。胡敬斎曰く、朱子曰く、忠は是れ臣の足らざる所の処に就きて之を言ふと。此れ記者の誤りなり。蓋し忠は是れ臣職の当に為すべきものなりと。篤信曰く、父子兄弟は是れ天合なり。故に庸人と雖も、欺偽有ること鮮し。君臣朋友は是れ人合なり。故に苟且自欺に至り易し。故に此に於て忠を説き信を説く。蓋し足らざる所に就きて之を言ふ。且つ夫婦の如きは、固より和順を欲す。然れども其の親密なる、褻狎に至り易し。故に此に於て別を説く。又足らざる所に就きて之を言ふ。況んや君臣は勢位懸隔す。故に其の情意疎遠なり。疎遠なる者は欺罔に至り易し。是れ臣の常に足らざる処にして、便ち是れ臣の当に尽くすべき所なり。苟も足らざる所に就きて説かずして、徒らに忠は是れ臣職の当に為すべきものと謂はば、則ち忠は是れ実心にして、凡そ五品の道、皆闕くべからず。何ぞ之を以て独り君に事ふるに施すべけんや。朱子の所謂忠は是れ臣の足らざる所の処に就きて之を言ふの説は、未だ以て非と為すべからず。胡氏の説、反りて是ならざるを覚ゆ。
-
論語・学而篇曾子曰く、「吾日に三たび吾が身を省みる。人の為に謀りて忠ならざるか、朋友と交わりて信ならざるか、習わざるを伝えしか。」
-
『徂徠先生答問書』卷中一孝行の儀御尋に候。成程聖人の教には孝弟忠信を中庸の徳行と名付け、是を貴賤によらず人たる者の勤め行ふべき事といたし申候。君子の道も、是を土台にいたし不申候得ば、高きにのぼるに楷梯なきがごとくに御座候。舜の契を司徒の官になされ、五倫を教へしめ給ふも、孔子の民に中庸の徳なき事を御なげき被成候も同意にて御座候。孝は父母によくつかへ候事、弟は兄長によくつかへ候事、忠は君につかゆるにても、又たれにても、人のためになし候事をば我身の事のごとくに如在なく身にかけ申候事に候。信と申候は、朋友其外あまねくの人にまじはり申候には言語を慎み偽り違候事なきやうに致し候を申候。是にて父母兄弟君臣朋友の道こもり申候故、五倫と申候も、中庸と申候も、孝弟忠信と申候も、ひとつ事にて御座候。
-
『五常訓』巻之五・信一信は説文に曰く、誠なり、人に从ひ言に从ふ、会意。徐曰く、文に於て人の言を信と為す、言ひて信ならざれば人為るに非ざるなり。信の字、人偏に言の字を書くは、六書においては、会意に属す。偏旁の意を以て作りし字なり。いふ意は、人の言に誠あらざるは、人にあらず。故に人の言は、必信あるべしと云ふ意なり。五常においては、心にまことあるを云ふ。口に偽をいはざるも、其内にあり。仁義礼智の、いつはりなき真実なるを、信と云ふ。信なければ、仁義礼智にあらず。仁義礼智四徳の外に、又信あるにあらず。親によくつかふるは孝なれど、名聞のためにつとめ、又親の寵愛をねがひて務むるは、孝にあらず。君によく仕ふるは忠なれど、君の寵をねがひ、官禄をむさぼりて、奉公をつとむるは、忠にあらず。
-
国語・晋語九中行穆子(ちゅうこうぼくし)師を帥(ひき)いて狄を伐ち、鼓(こ)を囲む。鼓人或いは城を以て叛かんと請う。穆子受けず。軍吏曰く、「師を労すること無くして城を得べし。子何ぞ為さざる」と。穆子曰く、「君に事うるの礼に非ざるなり。夫れ城を以て来たる者は、必ず将に利を我に求めんとす。夫れ守りて二心あるは、姦の大なる者なり。善を賞し姦を罰するは、国の憲法なり。許して予(あた)えざれば、吾が信を失う。若し其れ之を予えば、大姦を賞するなり。姦にして禄を盈(み)たさば、善は将に若何せんとする。且つ夫れ狄の憾(うら)む者は城を以て来たりて願いを盈たす。晋豈に其れ無からんや。是れ我鼓を以て吾が辺鄙に貳(じ)を教うるなり。夫れ君に事うる者は、力を量りて進み、能わざれば則ち退く。安きを以て貳を賈(か)わず」と。軍吏をして城に呼ばわしめ、儆(いまし)めて将に之を攻めんとす。未だ傅(つ)かずして鼓降る。中行伯既に鼓に克ち、鼓子苑支(えんし)を以て来たる。鼓人をして各々其の所に復せしめ、僚に非ざれば従うこと勿からしむ。 鼓子の臣を夙沙釐(しゅくさり)と曰う。其の孥(ど)を以て行く。軍吏之を執う。辞して曰く、「我は君に是れ事え、土に事うるに非ざるなり。名づけて君臣と曰う、豈に土臣と曰わんや。今君実に遷る。臣何ぞ鼓に頼(よ)らん」と。穆子之を召して曰く、「鼓には君有り。爾心もて君に事えよ。吾而(なんじ)の禄爵を定めん」と。対えて曰く、「臣は質(ち)を狄の鼓に委ねたり、未だ質を晋の鼓に委ねざるなり。臣之を聞く、質を委ねて臣と為らば、二心有ること無し、と。質を委ねて死を策(しる)すは、古の法なり。君に烈名有り、臣に叛質無し。敢えて私利に即(つ)きて以て司寇を煩わして旧法を乱さば、其れ不虞を若何せん」と。穆子歎じて其の左右に謂いて曰く、「吾何の徳をか之れ務めて是の臣有らんや」と。乃ち行かしむ。既に献じ、公に言い、鼓子に河陰に田(でん)を与え、夙沙釐をして之を相(たす)けしむ。