孔子家語 / 大婚解
孔子遂言曰:「愛政而不能愛人,則不能成其身。不能成其身,則不能安其土。不能安其土,則不能樂天。」公曰:「敢問何能成身?」孔子對曰:「夫其行已不過乎物,謂之成身。不過乎,合天道也。」
新字:孔子遂言曰:「愛政而不能愛人,則不能成其身。不能成其身,則不能安其土。不能安其土,則不能楽天。」公曰:「敢問何能成身?」孔子対曰:「夫其行已不過乎物,謂之成身。不過乎,合天道也。」
書き下し
孔子遂に言いて曰く、「政を愛して人を愛する能わざれば、則ち其の身を成す能わず。其の身を成す能わざれば、則ち其の土を安んずる能わず。其の土を安んずる能わざれば、則ち天を楽しむ能わず。」公曰く、「敢えて問う、何ぞ能く身を成さん。」孔子対えて曰く、「夫れ其の行い已に物に過ぎざる、之を身を成すと謂う。過ぎざるや、天道に合すればなり。」
現代語訳
孔子はさらに続けて言った。「政治を大切にしながら人を愛することができなければ、自分自身を完成させることはできません。自分自身を完成させることができなければ、自分の領地を安定させることはできません。領地を安定させることができなければ、天(自然の道理)を楽しむこともできません。」哀公が「あえてお尋ねしますが、どうすれば自分自身を完成させることができるのでしょうか」と尋ねると、孔子は「そもそも、自らの行いが物事の限度を超えないこと、これを『身を成す』というのです。限度を超えないというのは、天の道理にかなっているということです」と答えた。
解説
「愛人→成身→安土→楽天」という連鎖によって、政治の根本が最終的に天の道理と結びつくことを説く章です。ここで「身を成す」とは、単なる自己修養にとどまらず、行動が物事の適切な限度(過不足のなさ)を守ることだと定義されており、これは中庸の思想にも通じる考え方です。自らを律することができて初めて統治する土地が安定し、さらにそれが天の理法にかなった生き方へとつながるという段階的な論理は、個人の内面の修養と社会・自然全体との調和を一続きのものとして捉える儒家思想の特徴をよく表しています。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
成身愛人安土楽天中庸
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