孔子家語 / 辯政
衛靈公問於孔子曰:「有語寡人有國家者,計之於廟堂之上,則政治矣。何如?」孔子曰:「其可也。愛人者則人愛之,惡人者則人惡之,知得之己者則知得之。人所謂『不出環堵之室而知天下』者,知反己之謂也。」
新字:衛霊公問於孔子曰:「有語寡人有国家者,計之於廟堂之上,則政治矣。何如?」孔子曰:「其可也。愛人者則人愛之,悪人者則人悪之,知得之己者則知得之。人所謂『不出環堵之室而知天下』者,知反己之謂也。」
書き下し
衛の靈公、孔子に問いて曰わく、「寡人に語る有り、國家を有つ者は、之を廟堂の上に計れば、則ち政治まると。何如。」孔子曰わく、「其れ可なり。人を愛する者は則ち人之を愛し、人を惡む者は則ち人之を惡む、之を己に得るを知る者は則ち之を得るを知る。人の謂う所の『環堵の室を出でずして天下を知る』とは、己に反るを知るの謂いなり。」
現代語訳
衛の霊公が孔子に尋ねた。「私にこう語る者がいる、国家を治める者は、廟堂の中で計画を立てさえすれば、それで政治は治まるものだと。どうだろうか。」孔子は言った。「それはそのとおりです。人を愛する者は人に愛され、人を憎む者は人に憎まれます。物事を自分自身の内に求めることを知る者は、実際にそれを得ることを知っています。世に言う『四方を壁で囲まれた狭い部屋を出ずして天下を知る』とは、自分自身を省みることを知っているという意味なのです。」
解説
「廟堂で計画を立てるだけで政治は治まる」という言葉の是非を尋ねた霊公に対し、孔子はこれを肯定しつつ、その真意を説き明かします。人を愛せば愛され、人を憎めば憎まれるという因果応報の原理は、統治の場においても例外ではなく、天下の動向を知るためにわざわざ外に出て情報を集めずとも、自分自身の言動を省みることで十分にわかるというのです。「己に反る(自分自身を省みる)」ことこそが天下を知る近道だという考え方は、外部の情報や状況分析に頼る前に、まず自らの姿勢を正すべきだという内省の政治哲学として、現代のリーダーシップにも通じます。
この章句が説くこと
衛霊公反己愛人内省政治哲学
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