論語 / 学而篇
子曰、「道千乘之國、敬事而信、節用而愛人、使民以時。」
新字:子曰、「道千乗之国、敬事而信、節用而愛人、使民以時。」
書き下し
子曰く、「千乗の国を道びくには、事を敬んで信、用を節して人を愛し、民を使うに時を以てす。」
現代語訳
先生(孔子)がおっしゃった。「戦車千台を戦争に用いる諸侯の国を治めるには、政治を行うのに慎重でありつつ、一度決断したことは実行すること。政治の費用を節約して人民を大切にすること。人民を使役する場合には、適切な時機(農閑期)を選ぶことだ。」
解説
大きな国を治めるにも、心がけることは意外と単純だと孔子は言います。仕事は真剣に、丁寧に行い、人には誠実であること。無駄遣いをせず、質素を心がけながら人を大切にすること。そして、人に何かを頼む時には、相手の都合の良い時期を選ぶこと。ここでいう「民を使うに時を以てす」とは、農作業で忙しい時期を避けて人を動かすという意味ですが、これは今の暮らしにも通じます。例えば家族に手伝いを頼むにも、疲れている時や忙しい時を避けて声をかける気配りが大切です。大きな組織を動かす人も、家庭を切り盛りする人も、根本は同じです。誠実に取り組み、無駄を省いて人を大切にし、相手の状況を見て頼みごとをする。この当たり前の積み重ねが、周りからの信頼につながっていきます。
この章句が説くこと
為政者敬事信節用愛人使民以時
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『玉勝間』十四の巻 国を治むるかたの学問国を治むる人の、がくもんし給わんとならば、おさまれる世には、宋学のかた、物どおけれど、全くてそこない無し。近き世の古文辞家の学問は、ようせずは、いみじきあやまちを引きいずべし。さて乱れたる世には、しばらく、もろもろの書はさしおきて、ただ近昔の戦を記したる、軍書と云うものを常によく読むべし。その世の人々の、善さ悪しさ、かしこき愚かなる、心しわざ、戦いのしようなどを、よくよく考うべし。
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『墨子』辭過古の民、未だ衣服を為るを知らざる時、皮を衣、茭を帶び、冬は則ち輕からずして温かならず、夏は則ち輕からずして凊しからず。聖王、以て人の情に中らずと為す。故に婦人に誨えて絲麻を治め役し、布絹を捆ちて、以て民の衣を為らしむ。衣服を為るの法は、冬夏には則ち練帛の飾り、以て温かにして且つ清きを為すに足り、謹んで此に止まる。故に聖人の衣服を為るは、身體に適い肌膚に和して足れりとし、耳目を榮えしめて愚民に觀せしむるに非ざるなり。是の時に當たりて、堅車良馬も貴ぶを知らざるなり、刻鏤文采も喜ぶを知らざるなり。何となれば則ち、其の道く所、然らしむればなり。故に民の衣食の財、家、以て旱水凶饑を待つに足る者は、何ぞや。其の自ら養う所以の情を得て、外に感ぜざればなり。是を以て其の民は儉にして治め易く、其の君は財を用うること節にして贍らし易きなり。府庫は實ち滿ち、以て不然を待つに足る。兵革は頓れず、士民は勞れず、以て不服を征するに足る。故に霸王の業、天下に行う可し。
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