後世への最大遺物 / 第二回・真面目なる生涯を送った人
われわれに後世に遺すものは何もなくとも、われわれに後世の人にこれぞというて覚えられるべきものはなにもなくとも、アノ人はこの世の中に活きているあいだは真面目なる生涯を送った人であるといわれるだけのことを後世の人に遺したいと思います。(拍手喝采)
書き下し
われわれに後世に遺すものは何もなくとも、われわれに後世の人にこれぞというて覚えられるべきものはなにもなくとも、あの人はこの世の中に活きているあいだは真面目なる生涯を送った人である、といわれるだけのことを後世の人に遺したいと思います。
現代語訳
私たちに後世へ遺すものが何もなくても、後世の人にこれと言って覚えてもらえるものが何もなくても、あの人はこの世に生きている間は真面目な生涯を送った人だ、と言われるだけのことを後世の人に遺したいと思います。
解説
講演の最後の一文です。遺すものが何もなくてよい、覚えられるものが何もなくてよい、と二重に手放したうえで、真面目な生涯を送った人だと言われたい、とだけ言う。冒頭で千年の歴史に名を連ねたいと語った同じ人が、名も業績も要らないところまで降りてきました。金、事業、思想、生涯と四つの遺物を順にたどって、最後に残るのがこれです。誰にでも遺せて、誰にも奪えない。この一行のために、二晩の講演が費やされました。
この章句が説くこと
生涯真面目遺物無名結び
関連する章句
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『後世への最大遺物』第二回・主義のために生涯を送った人それは、われわれのなかにみな欲しい。今日われわれが正義の味方に立つときに、われわれ少数の人が正義のために立つときに、少くともこの夏期学校に来ている者くらいは、ともにその方に起ってもらいたい。それで、どうぞ後世の人がわれわれについて、この人らは力もなかった、富もなかった、学問もなかった人であったけれども、己の一生涯をめいめい持っておった主義のために送ってくれた、といわれたいではありませんか。これは誰にも遺すことのできる生涯ではないかと思います。それでその遺物を遺すことができたと思うと、実にわれわれは嬉しい、たといわれわれの生涯はどんな生涯であっても。
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『後世への最大遺物』第二回・勇ましい高尚なる生涯それならば最大遺物とはなんであるか。私が考えてみますに、人間が後世に遺すことのできる、そうしてこれは誰にも遺すことのできるところの遺物で、利益ばかりあって害のない遺物がある。それは何であるかならば、勇ましい高尚なる生涯であると思います。これが本当の遺物ではないかと思う。他の遺物は誰にも遺すことのできる遺物ではないと思います。しかして高尚なる勇ましい生涯とは何であるかというと、私がここで申すまでもなく、諸君もわれわれも前から承知している生涯であります。すなわち、この世の中はこれはけっして悪魔が支配する世の中にあらずして、神が支配する世の中であるということを信ずることである。失望の世の中にあらずして、希望の世の中であることを信ずることである。
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『後世への最大遺物』第一回・何を置いて逝くかそれでこの次は遺物のことです。何を置いて逝こう、という問題です。何を置いてわれわれがこの愛する地球を去ろうかというのです。そのことについて私も考えた、考えたばかりでなく、たびたびやってみた。何か遺したい希望があって、これを遺そうと思いました。それで後世への遺物もたくさんあるだろうと思います。それを一々お話しすることはできないことでございます。けれども、このなかに第一番にわれわれの思考に浮ぶものからお話しをいたしたいと思います。
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『後世への最大遺物』第二回・来年また会うときまでにまことに私の言葉が錯雑しておって、かつ時間も少くございますから、私の考えをことごとく述べることはできない。しかしながら私は今日これで御免をこうむって山を降ろうと思います。それで来年またふたたびどこかでお目にかかるときまでには、少くとも幾何の遺物を貯えておきたい。この一年の後にわれわれがふたたび会しますときには、われわれが何か遺しておって、今年は後世のためにこれだけの金を溜めたというのも結構、今年は後世のためにこれだけの事業をなしたというのも結構、また私の思想を雑誌の一論文に書いて遺したというのも結構、しかし、それよりもいっそう良いのは、後世のために私は弱いものを助けてやった、後世のために私はこれだけの艱難に打ち勝ってみた、後世のために私はこれだけの品性を修練してみた、後世のために私はこれだけの義侠心を実行してみた、後世のために私はこれだけの情実に勝ってみた、という話を持ってふたたびここに集まりたいと考えます。
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『後世への最大遺物』第二回・金も事業も文学も最大ではないそれは実に最大遺物であります。金も実に一つの遺物でありますけれども、私はこれを最大遺物と名づけることはできない。事業も実に大遺物たるには相違ない、ほとんど最大遺物というてもようございますけれども、いまだこれを本当の最大遺物ということはできない。文学も先刻お話ししたとおり実に貴いものであって、わが思想を書いたものは実に後世への価値ある遺物と思いますけれども、私がこれをもって最大遺物ということはできない。最大遺物ということのできないわけは、一つは誰にも遺すことのできる遺物でないから、最大遺物ということはできないのではないかと思う。そればかりでなく、その結果はかならずしも害のないものではない。昨日もお話ししたとおり、金は用い方によってたいへん利益がありますけれども、用い方が悪いと、またたいへん害を来すものである。
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『後世への最大遺物』第一回・膝を打ち合せて所感のままをそこで私は「後世への最大遺物」という題を掲げておきました。もしこのことについて、私の今まで考えましたことと、今感じますることとをみな述べまするならば、いつもの一時間より長くなるかも知れませぬ。もし長くなってつまらなくなったなら、勝手にお帰りなすってください。私もまた、くたびれましたならば、あるいは途中で休みを願うかも知れませぬ。もしあまり長くなりましたならば、明朝の一時間も私の戴いた時間でございますから、そのときに述べるかも知れませぬ。どうぞ、こういう清い静かなところにありまするときには、東京や、またはその他の騒がしいところで、みな気の立っているところでするような騒がしい演説を、私はしたくないです。私はここで諸君と膝を打ち合せて、私の所感そのままを演説し、また諸君の質問にも応じたいと思います。