後世への最大遺物 / 第一回・何を置いて逝くか
それでこの次は遺物のことです。何を置いて逝こう、という問題です。何を置いてわれわれがこの愛する地球を去ろうかというのです。そのことについて私も考えた、考えたばかりでなくたびたびやってみた。何か遺したい希望があってこれを遺そうと思いました。それで後世への遺物もたくさんあるだろうと思います。それを一々お話しすることはできないことでございます。けれども、このなかに第一番にわれわれの思考に浮ぶものからお話しをいたしたいと思います。
書き下し
それでこの次は遺物のことです。何を置いて逝こう、という問題です。何を置いてわれわれがこの愛する地球を去ろうかというのです。そのことについて私も考えた、考えたばかりでなく、たびたびやってみた。何か遺したい希望があって、これを遺そうと思いました。それで後世への遺物もたくさんあるだろうと思います。それを一々お話しすることはできないことでございます。けれども、このなかに第一番にわれわれの思考に浮ぶものからお話しをいたしたいと思います。
現代語訳
さて次は遺物のことです。何を置いて逝こうか、という問題です。何を置いて、この愛する地球を去ろうかということです。それについて私も考えました。考えただけでなく、何度もやってみました。何か遺したいという願いがあって、これを遺そうと思った。後世への遺物はたくさんあるでしょう。その一つ一つをお話しすることはできません。けれども、その中で真っ先に私たちの頭に浮かぶものからお話ししたいと思います。
解説
総論から各論へ移る継ぎ目です。注目したいのは、考えただけでなく何度もやってみた、と自分の実行を添えている点で、この講演が思弁ではなく試行の報告であることを断っています。またすべては話せないと断ったうえで、真っ先に浮かぶものから話すと順序を宣言する。このあと金・事業・思想・生涯という順で四つが出てきますが、これは価値の高い順ではなく、思いつきやすい順に並べられています。もっとも凡庸な答えから始めて、最後に誰にでもできる答えに着地させる構成です。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
遺物順序実行選択地球
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