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後世への最大遺物 / 第二回・勇ましい高尚なる生涯

それならば最大遺物とはなんであるか。私が考えてみますに人間が後世に遺すことのできる、ソウしてこれは誰にも遺すことのできるところの遺物で、利益ばかりあって害のない遺物がある。それは何であるかならば勇ましい高尚なる生涯であると思います。これが本当の遺物ではないかと思う。他の遺物は誰にも遺すことのできる遺物ではないと思います。しかして高尚なる勇ましい生涯とは何であるかというと、私がここで申すまでもなく、諸君もわれわれも前から承知している生涯であります。すなわちこの世の中はこれはけっして悪魔が支配する世の中にあらずして、神が支配する世の中であるということを信ずることである。失望の世の中にあらずして、希望の世の中であることを信ずることである。

書き下し

それならば最大遺物とはなんであるか。私が考えてみますに、人間が後世に遺すことのできる、そうしてこれは誰にも遺すことのできるところの遺物で、利益ばかりあって害のない遺物がある。それは何であるかならば、勇ましい高尚なる生涯であると思います。これが本当の遺物ではないかと思う。他の遺物は誰にも遺すことのできる遺物ではないと思います。しかして高尚なる勇ましい生涯とは何であるかというと、私がここで申すまでもなく、諸君もわれわれも前から承知している生涯であります。すなわち、この世の中はこれはけっして悪魔が支配する世の中にあらずして、神が支配する世の中であるということを信ずることである。失望の世の中にあらずして、希望の世の中であることを信ずることである。

現代語訳

では最大遺物とは何か。私が考えてみますに、人が後世に遺すことができ、しかも誰にでも遺すことができる遺物で、益ばかりあって害のないものがあります。それは何かというと、勇ましく高尚な生涯だと思います。これが本当の遺物ではないかと思う。他の遺物は、誰にでも遺せるものではありません。では高尚で勇ましい生涯とは何かというと、ここで私が言うまでもなく、皆さんも私も以前から承知している生涯です。すなわち、この世は決して悪魔が支配する世ではなく、神が支配する世であると信じることです。失望の世ではなく、希望の世であると信じることです。

解説

この講演の結論が置かれる段です。最大遺物は勇ましく高尚な生涯であり、これだけが誰にでも遺せて害がない。注目したいのは、その中身が業績ではなく信じ方として定義されていることです。この世は悪魔ではなく神が支配し、失望ではなく希望の世である、と信じて生きること。何を成したかではなく、どう世界を見て生きたかが遺物になる。何も成せなかった人にも遺すものがあると言うための、慎重な定義です。

この章句が説くこと

生涯希望遺物万人信念

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