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後世への最大遺物 / 第二回・武士の意地

関東に往きますと関西にあまり多くないものがある。関東には良いものがだいぶたくさんあります。関西よりも良いものがあると思います。関東人は意地ということをしきりに申します。意地の悪い奴はつむじが曲っていると申しますが毬栗頭にてはすぐわかる。頭のつむじがここらに(手真似にて)こう曲がっている奴はかならず意地が悪い。人が右へ行こうというと左といい、アアしようといえばコウしようというようなふうで、ことに上州人にそれが多いといいます(私は上州の人間ではありませぬけれども)。それでかならずしもこれは誉むべき精神ではないと思うが、しかしながら武士の意地というものです。その意地をわれわれから取り除けてしまったならば、われわれは腰抜け武士になってしまう。

書き下し

関東に往きますと、関西にあまり多くないものがある。関東には良いものがだいぶたくさんあります。関西よりも良いものがあると思います。関東人は意地ということをしきりに申します。意地の悪い奴はつむじが曲っていると申しますが、毬栗頭にてはすぐわかる。頭のつむじがここらにこう曲がっている奴は、かならず意地が悪い。人が右へ行こうというと左といい、ああしようといえばこうしようというようなふうで、ことに上州人にそれが多いといいます。私は上州の人間ではありませぬけれども。それで、かならずしもこれは誉むべき精神ではないと思うが、しかしながら武士の意地というものです。その意地をわれわれから取り除けてしまったならば、われわれは腰抜け武士になってしまう。

現代語訳

関東へ行くと、関西にはあまり多くないものがあります。関東には良いものがだいぶたくさんある。関西より良いものがあると思います。関東の人は意地ということをしきりに言います。意地の悪い奴はつむじが曲がっていると言いますが、坊主頭ではすぐ分かる。頭のつむじがこのあたりで曲がっている奴は必ず意地が悪い。人が右へ行こうと言えば左と言い、ああしようと言えばこうしようと言うふうで、とくに上州の人にそれが多いと言います。私は上州の人間ではありませんが。ですから、これは必ずしも褒めるべき精神ではないと思いますが、しかし武士の意地というものです。その意地を私たちから取り除いてしまったら、私たちは腰抜け武士になってしまいます。

解説

人が嫌がることをせよ、という教えを、内村は日本の言葉に置き換えます。意地です。人が右と言えば左と言う、ひねくれた性質。褒めるべきものではないと断りながら、これを取り除けば腰抜けになると言う。同調しない力を、美徳としてではなく必要な癖として扱っているのが面白いところです。つむじの話やお国柄の話を挟んで、講演の終盤で場をほぐしながら、聞き手の中にある反骨を掘り起こしています。

この章句が説くこと

意地同調反骨気質武士

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