後世への最大遺物 / 第一回・腰を掛けて話をする
時は夏でございますし、処は山の絶頂でございます。それでここで私が手を振り足を飛ばしまして私の血に熱度を加えて、諸君の熱血をここに注ぎ出すことはあるいは私にできないことではないかも知れません、しかしこれは私の好まぬところ、また諸君もあまり要求しないところだろうと私は考えます。それでキリスト教の演説会で演説者が腰を掛けて話をするのはたぶんこの講師が嚆矢であるかも知れない(満場大笑)、しかしながらもしこうすることが私の目的に適うことでございますれば、私は先例を破ってここであなたがたとゆっくり腰を掛けてお話をしてもかまわないと思います。これもまた破壊党の所業だと思し召されてもよろしゅうございます(拍手喝采)。
書き下し
時は夏でございますし、処は山の絶頂でございます。それでここで私が手を振り足を飛ばしまして、私の血に熱度を加えて、諸君の熱血をここに注ぎ出すことは、あるいは私にできないことではないかも知れません。しかしこれは私の好まぬところ、また諸君もあまり要求しないところだろうと私は考えます。それでキリスト教の演説会で演説者が腰を掛けて話をするのは、たぶんこの講師が嚆矢であるかも知れない。しかしながら、もしこうすることが私の目的に適うことでございますれば、私は先例を破って、ここであなたがたとゆっくり腰を掛けてお話をしてもかまわないと思います。これもまた破壊党の所業だと思し召されてもよろしゅうございます。
現代語訳
季節は夏、場所は山の頂です。ここで私が手を振り足を飛ばし、自分の血を熱くして、皆さんの熱血を注ぎ出させることも、できないことではないかもしれません。しかしそれは私の好むところではないし、皆さんもさほど求めていないでしょう。キリスト教の演説会で、演説者が腰を掛けて話すのは、おそらくこの講師が最初かもしれません。けれども、そうすることが私の目的にかなうのなら、先例を破って、ここで皆さんとゆっくり腰を掛けてお話ししてもかまわないと思います。これもまた破壊党の仕業だと思われてけっこうです。
解説
講演の第一声が、話の中身ではなく話し方の宣言から始まります。内村は当時の演説の型である扇動を退け、座って語ると告げる。熱を煽れば人は動くが、動いた人は熱が冷めれば戻ってしまう。生涯をかけて何を遺すかという、冷めては困る主題だからこそ、最初に熱を下ろしているのです。破壊党は内村が自分に向けられた悪評を自ら引き受けた言い方で、形式を壊すことをためらわない姿勢の表明でもあります。話の内容に入る前に、聞き手との距離をつくり直した数行として読めます。
この章句が説くこと
演説熱形式姿勢聞き手
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