後世への最大遺物 / 第二回・メリー・ライオンの魂
けれどもマウント・ホリヨーク・セミナリーという女学校は非常な勢力をもって非常な事業を世界になした女学校であります。何故だといいますと(その女学校はこの節はだいぶよく揃ったそうでありますが、このあいだまでは不整頓の女学校でありました)、それが世界を感化するの勢力を持つにいたった原因は、その学校にはエライ非常な女がおった。その人は立派な物理学の機械に優って、立派な天文台に優って、あるいは立派な学者に優って、価値のある魂を持っておったメリー・ライオンという女でありました。その生涯をことごとく述べることは今ここではできませぬが、この女史が自分の女生徒に遺言した言葉はわれわれのなかの婦女を励まさねばならぬ、また男子をも励まさねばならぬものである。すなわち私はその女の生涯をたびたび考えてみますに、実に日本の武士のような生涯であります。彼女は実に義侠心に充ち満ちておった女であります。彼女は何というたかというに、彼女の女生徒にこういうた。
書き下し
けれども、マウント・ホリヨーク・セミナリーという女学校は、非常な勢力をもって非常な事業を世界になした女学校であります。何故だといいますと、その女学校はこの節はだいぶよく揃ったそうでありますが、このあいだまでは不整頓の女学校でありました。それが世界を感化するの勢力を持つにいたった原因は、その学校にはえらい非常な女がおった。その人は、立派な物理学の機械に優って、立派な天文台に優って、あるいは立派な学者に優って、価値のある魂を持っておったメリー・ライオンという女でありました。その生涯をことごとく述べることは今ここではできませぬが、この女史が自分の女生徒に遺言した言葉は、われわれのなかの婦女を励まさねばならぬ、また男子をも励まさねばならぬものである。すなわち私は、その女の生涯をたびたび考えてみますに、実に日本の武士のような生涯であります。彼女は実に義侠心に充ち満ちておった女であります。彼女は何というたかというに、彼女の女生徒にこういうた。
現代語訳
けれどもマウント・ホリヨーク・セミナリーという女学校は、非常な力をもって非常な事業を世界に成した女学校です。なぜかと言いますと、この学校は近ごろはだいぶ整ってきたそうですが、先ごろまでは設備の整わない女学校でした。それが世界を感化する力を持つに至った原因は、その学校に一人の並外れた女性がいたからです。その人は、立派な物理の器械にまさり、立派な天文台にまさり、立派な学者にまさる、価値ある魂を持っていたメアリー・ライオンという女性でした。その生涯をすべて述べることは今できませんが、この人が自分の女生徒に遺した言葉は、私たちの中の女性を励ますものであり、また男性をも励ますものです。私はこの人の生涯をたびたび考えてみますに、実に日本の武士のような生涯です。彼女はまことに義侠心に満ち満ちた女性でした。彼女は何と言ったかというと、女生徒にこう言いました。
解説
この章句が説くこと
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『後世への最大遺物』第二回・マウント・ホリヨーク女学校私は時が長くなりましたからもうしまいにいたしますが、常に私の生涯に深い感覚を与える一つの言葉を、皆様の前に繰り返したい。ことに、われわれのなかに一人、アメリカのマサチューセッツ州マウント・ホリヨーク・セミナリーという学校へ行って卒業してきた方がおりますが、この女学校は古い女学校であります。たいへんよい女学校であります。しかしながら、もし私をしてその女学校を評せしむれば、今の教育上、ことに知育上においては、私はけっしてアメリカ第一等の女学校とは思わない。米国にはたくさんよい女学校がございます。スミス女学校というような大きな学校もあります。またボストンのウェレスレー学校、フィラデルフィアのブリンモアー学校というようなものがございます。
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『後世への最大遺物』第二回・他の人の嫌がることをなせ他の人の行くことを嫌うところへ行け。他の人の嫌がることをなせ。これがマウント・ホリヨーク・セミナリーの立った土台石であります。これが世界を感化した力ではないかと思います。他の人の嫌がることをなし、他の人の嫌がるところへ行くという精神であります。それで、われわれの生涯はその方に向って行きつつあるか。われわれの多くはそうでなくして、他の人もなすから己もなそうというのではないか。他の人もああいうことをするから私もそうしようというふうではないか。ほかの人もアメリカへ金もらいに行くから私も行こう、他の人も壮士になるから私も壮士になろう、はなはだしきは、だいぶこのごろは耶蘇教が世間の評判がよくなったから私も耶蘇教になろう、というようなものがございます。
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『後世への最大遺物』第二回・人に頼らず天と己にたよるその考えを持ったばかりでなく、その考えを実行した。その話は長うございますけれども、ついには何万石という村々を改良して、自分の身をことごとく人のために使った。旧幕の末路にあたって、経済上、農業改良上について非常の功労のあった人であります。それでわれわれもそういう人の生涯、二宮金次郎先生のような人の生涯を見ますときに、「もしあの人にもああいうことができたならば、私にもできないことはない」という考えを起します。普通の考えではありますけれども、非常に価値のある考えであります。それで人に頼らずとも、われわれが神にたより己にたよって宇宙の法則に従えば、この世界はわれわれの望むとおりになり、この世界にわが考えを行うことができるという感覚が起ってくる。
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『後世への最大遺物』第二回・かの人にできたなら己にもできる私にはそういう真似はできない、私はとてもそういう事業はできない」というて失望しましょう。すなわち、私が今から五十年も百年も後の人間であったならば、今日の時代から学校を受け継いだかも知れない。教会を受け継いだかも知れませぬ。けれども私自身を働かせる原動力をばもらわない。大切なるものをばもらわないに相違ない。しかし、もしここにつまらない教会が一つあるとすれば、そのつまらない教会の建物を売ってみたところが、ほとんどわずかの金の価値しかないかも知れませぬ。しかしながら、その教会の建った歴史を聞いたときに、その歴史がこういう歴史であったと仮定めてごらんなさい……この教会を建てた人はまことに貧乏人であった、この教会を建てた人は学問も別にない人であった、それだけれども、この人は己のすべての浪費を節して、すべての欲情を去って、まるで己の力だけにたよって、この教会を造ったものである。……こういう歴史を読むと私にも勇気が起ってくる。かの人にできたならば己にもできないことはない、われも一つやってみようというようになる。
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『後世への最大遺物』第二回・二宮金次郎は生涯の贈物を遺した私は近世の日本の英傑、あるいは世界の英傑といってもよろしい人のお話をいたしましょう。この世界の英傑のなかに、ちょうどわれわれの留まっているこの箱根山の近所に生まれた人で、二宮金次郎という人がありました。この人の伝を読みましたときに、私は非常な感覚をもらった。それでどうも二宮金次郎先生には、私は現に負うところが実に多い。二宮金次郎氏の事業は、あまり日本にひろまってはおらぬ。それで彼のなした事業は、ことごとくこれを纏めてみましたならば、二十ヵ村か三十ヵ村の人民を救っただけに止まっていると考えます。しかしながら、この人の生涯が私を益し、それから今日日本の多くの人を益するわけは何であるかというと、何でもない、この人は事業の贈物にあらずして、生涯の贈物を遺した。
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『後世への最大遺物』第二回・誰にも遺すことのできる最大遺物ここにいたって、こういう問題が出てくる。文学者にもなれず、学校の先生にもなれなかったならば、それならば私は後世に何をも遺すことはできないかという問題が出てくる。何かほかに事業はないか、私もたびたびそれがために失望に陥ることがある。しからば私には何も遺すものはない。事業家にもなれず、金を溜めることもできず、本を書くこともできず、ものを教えることもできない。そうすれば私は無用の人間として、平凡の人間として消えてしまわなければならぬか。陸放翁のいったごとく「我死して骨すなわち朽ち、青史にまた名無し」と嘆じ、この悲嘆の声を発してわれわれが生涯を終るのではないかと思うて、失望の極に陥ることがある。しかれども、私はそれよりもっと大きい、今度は前の三つと違いまして、誰にも遺すことのできる最大遺物があると思う。