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後世への最大遺物 / 第二回・二宮金次郎は生涯の贈物を遺した

私は近世の日本の英傑、あるいは世界の英傑といってもよろしい人のお話をいたしましょう。この世界の英傑のなかに、ちょうどわれわれの留まっているこの箱根山の近所に生まれた人で二宮金次郎という人がありました。この人の伝を読みましたときに私は非常な感覚をもらった。それでドウも二宮金次郎先生には私は現に負うところが実に多い。二宮金次郎氏の事業はあまり日本にひろまってはおらぬ。それで彼のなした事業はことごとくこれを纏めてみましたならば、二十ヵ村か三十ヵ村の人民を救っただけに止まっていると考えます。しかしながらこの人の生涯が私を益し、それから今日日本の多くの人を益するわけは何であるかというと、何でもない、この人は事業の贈物にあらずして生涯の贈物を遺した。

書き下し

私は近世の日本の英傑、あるいは世界の英傑といってもよろしい人のお話をいたしましょう。この世界の英傑のなかに、ちょうどわれわれの留まっているこの箱根山の近所に生まれた人で、二宮金次郎という人がありました。この人の伝を読みましたときに、私は非常な感覚をもらった。それでどうも二宮金次郎先生には、私は現に負うところが実に多い。二宮金次郎氏の事業は、あまり日本にひろまってはおらぬ。それで彼のなした事業は、ことごとくこれを纏めてみましたならば、二十ヵ村か三十ヵ村の人民を救っただけに止まっていると考えます。しかしながら、この人の生涯が私を益し、それから今日日本の多くの人を益するわけは何であるかというと、何でもない、この人は事業の贈物にあらずして、生涯の贈物を遺した。

現代語訳

私は近世日本の英傑、あるいは世界の英傑と言ってもよい人の話をしましょう。この世界の英傑の中に、ちょうど私たちが泊まっているこの箱根山の近くに生まれた人で、二宮金次郎という人がいました。この人の伝記を読んだとき、私は非常な感銘を受けました。私は二宮金次郎先生に負うところが実に多い。二宮金次郎氏の事業は、あまり日本に知られていません。彼が成した事業をすべてまとめてみても、二十か村か三十か村の人々を救っただけにとどまると思います。しかし、この人の生涯が私を益し、今日の日本の多くの人を益する理由は何かというと、何ということはない、この人は事業の贈り物ではなく、生涯の贈り物を遺したのです。

解説

日本の実例として二宮尊徳が登場します。内村がまず断るのは、事業の規模は大きくないという点で、二、三十か村を救っただけだと言う。にもかかわらず多くの人を益しているのは、遺したものが事業ではなく生涯だからだ、と。規模の小ささを認めたうえで影響の大きさを説明する形で、最大遺物の定義がそのまま当てはめられています。箱根の近くで生まれた人だと土地を結びつけているのも、講演の場との縁を使った工夫です。

この章句が説くこと

生涯贈物尊徳規模影響

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