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後世への最大遺物 / 第二回・今日第一の欠乏は生命である

今時の弊害は何であるかといいますれば、なるほど金がない、われわれの国に事業が少い、良い本がない、それは確かです。しかしながら日本人お互いに今要するものは何であるか。本が足りないのでしょうか、金がないのでしょうか、あるいは事業が不足なのでありましょうか。それらのことの不足はもとよりないことはない。けれども、私が考えてみると、今日第一の欠乏は Life 生命の欠乏であります。それで近ごろはしきりに学問ということ、教育ということ、すなわち Culture(修養)ということが大へんにわれわれを動かします。われわれはドウしても学問をしなければならぬ、ドウしてもわれわれは青年に学問をつぎ込まねばならぬ、教育をのこして後世の人を誡しめ、後世の人を教えねばならぬというてわれわれは心配いたします。

書き下し

今時の弊害は何であるかといいますれば、なるほど金がない、われわれの国に事業が少い、良い本がない、それは確かです。しかしながら日本人お互いに今要するものは何であるか。本が足りないのでしょうか、金がないのでしょうか、あるいは事業が不足なのでありましょうか。それらのことの不足は、もとよりないことはない。けれども、私が考えてみると、今日第一の欠乏は生命の欠乏であります。それで近ごろは、しきりに学問ということ、教育ということ、すなわち修養ということが大へんにわれわれを動かします。われわれはどうしても学問をしなければならぬ、どうしてもわれわれは青年に学問をつぎ込まねばならぬ、教育をのこして後世の人を誡しめ、後世の人を教えねばならぬ、というてわれわれは心配いたします。

現代語訳

今の弊害は何かといえば、なるほど金がない、この国に事業が少ない、よい本がない、それは確かです。しかし日本人が今互いに必要としているものは何でしょうか。本が足りないのでしょうか、金がないのでしょうか、事業が不足しているのでしょうか。それらの不足は、もちろんないことはない。けれども私が考えてみると、今日の第一の欠乏は生命の欠乏です。ですから近ごろは、しきりに学問ということ、教育ということ、すなわち修養ということが大いに私たちを動かします。私たちはどうしても学問をしなければならない、どうしても青年に学問を注ぎ込まねばならない、教育を遺して後世の人を戒め、教えねばならない、と心配します。

解説

欠けているものは何か、という問いを内村は立て直します。金でも事業でも本でもなく、生命だと。ここで言う生命は、生き物としての命ではなく、人を動かす活力、生きる勢いのことです。学問も教育も大切だが、それを注ぐ先に活力がなければ意味がない。手段が足りないのではなく、手段を動かす力が足りない、という診断です。この見立てが、次の段の思考実験につながっていきます。

この章句が説くこと

生命活力欠乏教育診断

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