後世への最大遺物 / 第二回・生涯を世の中への贈物とする
この世の中は悲嘆の世の中でなくして、歓喜の世の中であるという考えをわれわれの生涯に実行して、その生涯を世の中への贈物としてこの世を去るということであります。その遺物は誰にも遺すことのできる遺物ではないかと思う。もし今までのエライ人の事業をわれわれが考えてみますときに、あるいはエライ文学者の事業を考えてみますときに、その人の書いた本、その人の遺した事業はエライものでございますが、しかしその人の生涯に較べたときには実に小さい遺物だろうと思います。パウロの書翰は実に有益な書翰でありますけれども、しかしこれをパウロの生涯に較べたときには価値のはなはだ少いものではないかと思う。パウロ彼自身はこのパウロの書いたロマ書や、ガラテヤ人に贈った書翰よりもエライ者であると思います。
書き下し
この世の中は悲嘆の世の中でなくして、歓喜の世の中であるという考えを、われわれの生涯に実行して、その生涯を世の中への贈物としてこの世を去るということであります。その遺物は誰にも遺すことのできる遺物ではないかと思う。もし今までのえらい人の事業をわれわれが考えてみますときに、あるいはえらい文学者の事業を考えてみますときに、その人の書いた本、その人の遺した事業はえらいものでございますが、しかしその人の生涯に較べたときには、実に小さい遺物だろうと思います。パウロの書翰は実に有益な書翰でありますけれども、しかしこれをパウロの生涯に較べたときには、価値のはなはだ少いものではないかと思う。パウロ彼自身は、このパウロの書いたロマ書や、ガラテヤ人に贈った書翰よりもえらい者であると思います。
現代語訳
この世は悲嘆の世ではなく歓喜の世である、という考えを自分の生涯で実行し、その生涯を世の中への贈り物としてこの世を去るということです。その遺物は、誰にでも遺せる遺物ではないかと思います。これまでの偉い人の事業を考えてみるとき、あるいは偉い文学者の事業を考えてみるとき、その人が書いた本、遺した事業は立派なものですが、その人の生涯と比べたときには実に小さな遺物でしょう。パウロの手紙は実に有益な手紙ですが、これをパウロの生涯と比べると、価値のはなはだ少ないものではないかと思います。パウロ自身は、彼が書いたローマ書やガラテヤ書よりも偉い者であると思います。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『後世への最大遺物』第二回・カーライルの四十冊より生涯クロムウェルがアングロサクソン民族の王国を造ったことは大事業でありますけれども、クロムウェルがあの時代に立って自分の独立思想を実行し、神によってあの勇壮なる生涯を送ったという、あのクロムウェル彼自身の生涯というものは、これはクロムウェルの事業に十倍も百倍もする、社会にとっての遺物ではないかと考えます。私は元来トーマス・カーライルの本を非常に敬読する者であります。それである人にはそれがために嫌われますけれども、私はカーライルという人については全体非常に尊敬を表しております。たびたびあの人の本を読んで利益を得、またそれによって刺激をも受けたことでございます。けれども、私はトーマス・カーライルの書いた四十冊ばかりの本をみな寄せてみて、カーライル彼自身の生涯に較べたときには、カーライルの書いたものは実に価値の少いものであると思います。
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『学問のすゝめ』十二編・人の品行は高尚ならざるべからざるの論・事物の有様を比較して上流に向かいしからばすなわち、人の見識を高尚にして、その品行を提起するの法いかがすべきや。その要訣は事物の有様を比較して上流に向かい、みずから満足することなきの一事にあり。ただし有様を比較するとはただ一事一物を比較するにあらず、この一体の有様と、かの一体の有様とを並べて、双方の得失を残らず察せざるべからず。譬えば今、少年の生徒、酒色に溺るるの沙汰もなくして謹慎勉強すれば、父兄・長老に咎めらるることなく、あるいは得意の色をなすべきに似たれども、その得色はただ他の無頼生に比較してなすべき得色のみ。謹慎勉強は人類の常なり、これを賞するに足らず、人生の約束は別にまた高きものなかるべからず。広く古今の人物を計え、誰に比較して誰の功業に等しきものをなさばこれに満足すべきや。必ず上流の人物に向かわざるべからず。あるいは我に一得あるも彼に二得あるときは、我はその一得に安んずるの理なし。いわんや後進は先進に優るべき約束なれば、古を空しゅうして比較すべき人物なきにおいてをや。今人の職分は大にして重しと言うべし。
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『墨子』經說下見ると見ざるとは離る。一と二とは相い盈たさず。廣と循と堅白となり。舉げて重からざるは箴と與にせず、力の任に非ざるなり。握る者の倍を為すは、智の任に非ざるなり。耳目の若し。異。木と夜と孰れか長き。智と粟と孰れか多き。爵と親と行と賈と、四者孰れか貴き。麋と霍と孰れか髙き。麋と霍と孰れか霍なる。虭と瑟と孰れか瑟なる。偏。倶に一にして變ずる無し。假。假は必ず非なり、而る後に假なり。狗の霍を假るは、猶お霍を氏とするがごときなり。物。或いは之を傷るは、然るなり。之を見るは、智なり。之を吉するは、智らしむるなり。疑。蓬、務を為せば則ち士なり。牛廬を為る者、夏、寒きは、蓬なり。之を舉ぐれば則ち輕く、之を廢すれば則ち重きは、力有るに非ざるなり。沛、削に従うは、巧に非ざるなり。石と羽との若きは、楯なり。鬬う者の敝るるや、飲酒を以てす。曰中を以てするが若し。是れ智る可からざるなり、愚なり。智なるか、已を以て然りと為すか。愚なり。
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論語・公冶長篇子、子貢に謂いて曰く、「女と回と孰れか愈れる。」対えて曰く、「賜や何ぞ敢えて回を望まん。回や一を聞きて以て十を知る、賜や一を聞きて以て二を知る。」子曰く、「如かざるなり。吾と女と、如かざるなり。」
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『学問のすゝめ』十二編・人の品行は高尚ならざるべからざるの論・盲人に向かいて誇るがごとししかるに今わずかに謹慎勉強の一事をもって人類生涯の事となすべきや。思わざるのはなはだしきものなり。人として酒色に溺るる者はこれを非常の怪物と言うべきのみ。この怪物に比較して満足する者は、これを譬えば双眼を具するをもって得意となし、盲人に向かいて誇るがごとし。いたずらに愚を表するに足るのみ。ゆえに酒色云々の談をなして、あるいはこれを論破し、あるいはこれを是非するの間は、到底諸論の賤しきものと言わざるを得ず。人の品行少しく進むときはこれらの醜談はすでにすでに経過し了して、言に発するも人に厭わるるに至るべきはずなり。
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『墨子』耕柱子墨子曰く、「和氏の璧、隋侯の珠、三棘六異、此れ諸侯の所謂る良寳なり。以て國家を富まし、人民を衆くし、刑政を治め、社稷を安んず可きか。曰く、不可なり。所謂る良寶を貴ぶ者は、其の以て利す可きが為なり。而して和氏の璧、隋侯の珠、三棘六異は、以て人を利す可からず。是れ天下の良寶に非ざるなり。今、義を用いて政を國家に為さば、人民必ず衆く、刑政必ず治まり、社稷必ず安からん。良寶を貴ぶ所以の者は、以て民を利す可ければなり。而して義は以て人を利す可し。故に曰く、義は天下の良寶なり」と。