後世への最大遺物 / 第二回・善いことにも害が伴う
事業におけるも同じことであります。クロムウェルの事業とか、リビングストンの事業はたいへん利益がありますかわりに、またこれには害が一緒に伴うております。また本を書くことも同じようにそのなかに善いこともありまた悪いこともたくさんあります。われわれはそれを完全なる遺物または最大遺物と名づけることはできないと思います。
書き下し
事業におけるも同じことであります。クロムウェルの事業とか、リビングストンの事業はたいへん利益がありますかわりに、またこれには害が一緒に伴うております。また本を書くことも同じように、そのなかに善いこともあり、また悪いこともたくさんあります。われわれはそれを完全なる遺物、または最大遺物と名づけることはできないと思います。
現代語訳
事業においても同じことです。クロムウェルの事業やリビングストンの事業は大いに益がある代わりに、これにも害が一緒に伴っています。また本を書くことも同じように、その中に善いこともあれば、悪いこともたくさんあります。私たちはそれを完全な遺物、あるいは最大遺物と名づけることはできないと思います。
解説
前夜に称えた二人の名が、ここでは害を伴う例として挙げ直されます。クロムウェルもリビングストンも、内村自身が尊敬すると言った人物です。その事業に害が伴うと認めるのは、自分の推薦を自分で相対化する誠実さでしょう。書くことも同じで、善いものも悪いものも生む。人が世に残す働きは、どれも両刃だという認識です。このあと示される第四の遺物だけが、害を伴わないものとして位置づけられます。
この章句が説くこと
事業害両面評価遺物
関連する章句
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説苑・善說齊景公子貢に謂いて曰く、「子誰をか師とする。」曰く、「臣仲尼を師とす。」公曰く、「仲尼賢なるか。」對えて曰く、「賢なり。」公曰く、「其の賢たること何如。」對えて曰く、「知らざるなり。」公曰く、「子其の賢を知りて其の奚若たるを知らざるは、可ならんか。」對えて曰く、「今天高しと謂うに、少長愚智と無く皆高きを知る。高きこと幾何ぞや。皆知らずと曰う。是を以て仲尼の賢を知りて其の奚若たるを知らざるなり。」
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史記 管晏列伝鮑叔既に管仲を進め、身を以て之に下る。子孫世々斉に禄せられ、封邑を有つこと十余世、常に名大夫為り。天下、管仲の賢を多とせずして、鮑叔の能く人を知るを多とす。
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